東京芸術劇場 プレイハウス 『BOAT』

 すだく虫の音。赤い緞帳が閉じられ、暗く襞を見せている。風向計が大きな投光器(上手の流木の間にある)に照らされて黒い影を襞の上に落とし、真ん中に青いボートが、横向きに丸太のコロに乗り上げているのが見える。虫の音だと思っているうち、途中でふとそれがラジオの周波のようなノイズに変わる。鳥を呼ぶ笛のような音(仲間を呼ぶ声?)、それに応えて、鳥がさえずる。また虫の音。ノイズと虫の音、その連続性と、潜めている暴力性について考えた。

 気づくと隣の席に、キャップを脱がない(芝居を観たことがない)おじさんがいる。深いため息をついている。すごい勢いで衝立と家具が運び込まれ、あっと言う間に持ち去られ、短い台詞を女の人たち、青年たちが緊張した感じで喋る。しかも台詞がお芝居お芝居してなくて、おじさんはびっくりしたかも。じぃっと聴いていると、あの台詞が、何だか儚く感じられるのに。でもこれから、マームとジプシーが、この台詞をどうやって完成させていくのか、私にもまだわからない。あらゆるところに「シャッター」のようなものがついていて、皆が別れ別れになっているような町、そこには原発を思わせる「煙突」があり、「ボート」がある。人々は「ボート」でやってきて、「ボート」で去る。最初のボートは、四角い厳密な明かりで囲まれていて、「柩」だなと思う。最後は街に浮かぶ「目」かもしれない。何よりも、除け者(青柳いづみ)の目が、いつの間にか劇場のマナザシになって、緞帳が「まぶた」になっているところで涙湧いた。おじさん寝てたけれどさ。鳥の鳴き声は、誰かを求める泣き声なのか。例えば、赤ん坊がお母さんを呼ぶような。劇場の奥の、閉じない目と見つめあう。碁盤に置かれる最初の台詞、これら前半の台詞が、三次元の碁のように積み上がっていくところまで頑張れれば、おじさんだって楽しむことができたと思うけど。