新橋演舞場 『オセロ―』

 黒塗り?オセロー(中村芝翫)はムーア人で、一幕でさんざん見下されていて、二幕目、三幕目にそれが毒が回るように効いてくるというつくり。ということは、黒く塗らなくていいんじゃないの?一幕の蔑視が、とても鋭くよくできているし、なにより、オセローの表情が見えづらい。必要ない。

 蜷川直系のシェークスピアを、新橋演舞場風に丸めて、糖衣錠にしたような芝居だ。二幕の終りでは、芝翫の熱演を受けて場内から自然に拍手がわく。壇れいのデズデモーナが素晴らしく、心の平安は要らないと叫ぶときの素に近い(もう少女とは言えない)、齢を重ねた女の声、すべて捨ててきた女の泣き声が耳に残る。イアーゴーの神山智洋は、小細工せず、きちんと全力で役にぶつかっているところに好感を持った。それはキャシオー(石黒英雄)、ロダリーゴー(池田純矢)も同じ。余計なことだけど、金を用意しておけという一連の台詞は、バッハみたいに二声の構造になっているのではないかな。ここ、どうやって言うか考えるのたのしい所だと思う。ブラバンショーの辻萬長、複雑な感情をにじませて好演している。彼の天鵞絨のマントが、デズデモーナのマントに重なって見える。エミーリア(前田亜季)の今後に期待する。

 芝翫は歌舞伎成分がとても多く、(きもちよさそうだなー)とまず思うのである。たっぷりやる所とストイックに行くところをもっと考えた方がいい。砦のうえで、イアーゴーの言葉を聞き、背筋に冷たい疑いがさしこまれる後姿よかった。

 井上尊晶健闘しているが、たとえば「差別」について「死」についてもっと突き詰めてほしい。この世は見てわかる差別だけじゃないかも。そこから蜷川風をブレイクスルーしよう。