Bunkamura オーチャードホール 『RICKIE LEE JONES JAPAN TOUR 2019』 

 全篇自然光で撮られた映画、線路の上を二人の女の子がきゃあきゃあ笑いながら遠ざかっていく。その年下の方の女の子は兄さんが死んで、一人ぼっちになってしまったけれど、寄宿舎は窮屈だから、脱け出して、明るい方へ明るい方へと駆け出すのだ。そこでエンドマーク、私は時々考える。(あの子どうしたかな?)(渡り労働者になったかも)、でも暗いことは考えない、あの子たちは袋に一杯空気を入れて、空に浮かべるみたいに、あの映画を解放してたもん。

 リッキー・リー・ジョーンズの歌を聴き、プロフィールを読み、顔つきを見て、(ここにいた)と思った。あの子だ。ヴォードヴィル芸人の子、母親が家出を恐れるあまりに手放した娘、唯一無二の声を持っていたせいで、60代の今迄歌を歌い続けている女の人。

 ちょっと鼻にかかった少女のような声、そこんとこを聴いて「あ、リッキー・リー・ジョーンズだね」と人は言うけれど、リッキー・リー・ジョーンズはそんなもんじゃないの。

 暗がりに光る上手近くのアンプの赤いボタン。えっねえアンプって結局何なの、アンプって何か正確に知らないぜと大急ぎで調べる。音を増幅する装置か。重要じゃん。もっと上手寄りの手前に、エレキギターが横向きに置いてある。舞台中央奥にピアノ、アンプとピアノの間にギターが一本、下手手前にドラムス、横長の四角い箱のようなものを従えている。

 五分押し、ピアノやらエレキやらを照らす上からの照明が強くなって丸い環がいくつも見える。すぅーっとくらくなり、拍手が起きた。上手から二人の人物が急ぎ足で出て来て、一人はドラムスの横の箱の前、一人は上手のエレキギターを抱える。(名前どこかにきちんと載せておいてほしい。聞きとれないから。)

 箱のようなものはビブラフォンだった。忍び足のように細かく繰り返されるフレーズが、だんだん大きくなる。一年生の木琴の延長にこれがあるのかとちょっと気が遠くなった。X字型に撥を片方の手に二つ持っている。一本の撥をさっと放し、すっとドラムスに移行する。エレキギターはリズムを刻んでいたのが、ドラムスにあわせて鮮やかに声を出し始める。かっこいいー。まるで甲子園の決勝前、トンボで土が細かく均され、飛沫をあげて水がまかれ、芝生がますます青く、土がますます黒く、白いベースをいやがうえにも引き立てているみたいな、完璧な整地。ばしっと決まったところでゆっくりリッキー・リー・ジョーンズが出てくる。ギターを取って、リッキー・リー・ジョーンズはプレイを始める。黒ともグレーとも見えるスーツ、バックルのついた黒い靴の踵が、ライン・ストーンでぎらりと二階席まで一列に光るのだった。

 一曲目はWeasel And White Boys Cool、調子よかったんだけど、ギターが何度も足元を確かめていて、ギター?どうしたの?アンプですか?音大きいよ。そしてリッキーははずむようにマイク前から離れてマイクオフの所で声を張る。えー。リッキー・リー・ジョーンズのギターの弾きさげるコードの音は整っていてきれい。

 リッキー・リー・ジョーンズは少女っぽい独自の声だけでなく、「告(の)る声」や、遠く離れたところで聴く哀しい汽車の響きのような声がある。地声の低い声には街のざわめきがあり、ささやくように歌うと髪を梳きながら呪文をかける人みたいだ。Young Bloodで、汽笛の声が抜けてしまった。(彼女のアルバムの、たとえば「マイファニーバレンタイン」の広い空をつきとおすような声はすごいのだ。「stay」っていうけど、それ、相手には聴こえてない、相手はいない。心の中で叫んでるんだと感じる。)

 22歳の時に作りましたと言って歌うEasy Money、22歳であぶく銭のこんな歌を。The Last Chance Texaco って素敵なうただった、悲しくて。It’s her last chance Her timing’s all wrong。きつい状況がドライブの景色に広がる。穏やかにそよぐようなギター。どんな絵が出したいかがわかる。早くとおりすぎるものたちの声のハミング。ガスステーションの看板がぐぃーんとちかづき、遠ざかる。車は女の人、ガスは切れ、バッテリーは上がっている。ラストチャンスの男はろくでもないのだ。

 今回のコンサートでは、Bad Companyという七十年代のバンドのカヴァーや、Lonely People(Americaの曲)などを新しいアルバム、Kicksから歌う。4,5年まえにルイジアナに引っ越したんだって。

 今日私が一番いいと思ったのは、ピアノを弾いて歌ったWe Belong Togetherだった。椅子に座って曲げられた胴の中程、胃の上あたりに聴いていて涙が溜まる。リッキー・リー・ジョーンズはピアノの前で飴を口に入れ、あとで凄く後悔していたが私もそれはやめた方がいいと思いました。