渋谷CLUB QUATTRO  『ホットハウスフラワーズ』

  hothouse flowers    1.plural of hothouse flower

 えっ温室育ちのお姫様たちって意味ー。と、改めて驚いたところでクアトロ着。

 くだけた格好の、或いはすこしゴージャス風味の服で、アイルランド人の人々が会場のそこここに散見される。今日のライヴはアイルランド大使館の後援なのだ。アイルランド大使館のおかげでHothouse Flowersは去年に続いて来日できたのかなあ。ありがとうアイルランド大使館の人。台風前の心配な夜、七分押しで明かりが消える。フィアクナ・オブラニアン(黒のTシャツにピンストライプの黒っぽいスーツ)、リアム・オメンリー(薄紫のシャツに白のくしゃっとしたスーツ、水色の首飾り)、ピーター・オトゥール(シンプルな白のTシャツ)が、どどっとステージに出てくる。「〇△※□!」うん?「(I'm)so glad to be here」と何度も言ってるリアム・オメンリーが、両手を握る日常動作を続けながら急にスタンドマイクの前で「So glad to be here」と歌いだすのだ。日常とステージが裏と表のようにくっついている。フィアクナ・オブラニアンが少し慌てたようにギターの準備をする。そう、1部は(15分休憩があった)なんかちょっとバタバタしていたし、精度と繊細さを求める(求めているのは私かなあ)音楽が、架空の三角の溝の上をきれいに転がらない。薄い刃物で刻んだ溝が、ちょっと太い。でもさ、私はそんなことでは納得しないのさ。去年のホットハウスフラワーズ見てるもん。チーフタンズのアルバム「ロングブラックベール」で、マーク・ノップラーの歌っていた「The Lily of the West」を歌う。不実な美しい娘の交際相手を刺してしまう男の話。だから長い歌なんだなー。リアムはマーク・ノップラーに負けず素晴らしい。

 次の曲「This Is It (Your Soul)」では2回くらいリアムがフレーズをハミングした後、観客に繰り返し歌うよう促す。ここが凄いと思うんだけど、皆歌えるのだ。リアムが時々助けてくれるのだが、そのリアムの音程が、まるで岩棚みたいに安定している。あんしん。This is promiseという悲しい感じの歌声で終わった1部に続いて、出てきたリアムが、「ステージをちょっと片付けなくちゃね」と言って上着を掛ける。何故なら大使館の偉い人が、さらりと出て来てなんと一曲歌うのだ。ゲール語の歌を嫋々と、うまく歌う。ちょっと日本のシャンソンぽい。日本の大使館の偉い人も、海外で一中節なんかで渋い喉を聞かせていればいいけどね。(なんと「偉い人」、まさかの大使本人だったよ!)2部は「The Older We Get」、急に音の溝(?)が厳しい細さになり、精度が上がり繊細になり、曲がきゅっと緊まっている。これ、いい曲だね。海にそそぐ水の流れのような舞い降りてくるような伴奏を、大きくリアムがうたいぬけていく。

 「Giving It All Away」ピーター・オトゥールが全身でギターを弾いている。コードを激しく引き下げていて、そのリズムがきちんとプレイヤーの身体に響き、その響きが聴衆に伝わる。それをフィアクナ・オブラニアンも聴いていて、オトゥールのギターに寄せたり、引いたり、リードしたりする。サウンドがピアノやボーカルとぴったり合ってくっつき、裏表の布になって時々ひるがえり、ギターが表に出たり、ピアノが前に現れもする。

 「Hallelujah Jordan」などかっこよく演奏し、「Don’t Go」が来る。違う編曲。合間にアイルランド民謡の独唱が入る。「ロック歌手で民謡歌手」と名乗ってもいいくらい堂に入ってる。リアムの声を聴きながら、明日は風速60メートルの、あり得ないほど大きな台風が来るのだと考える。コップの縁に座っているお人形のように、「楽しい」と「怖い」の境目にいる。フィアクナ・オブラニアンがさっとホイッスルをとりだし、指を素早くひらひらさせながら、眉を寄せ、集中して鳴らす。リアムが大きめのバウロンを、手首を柔らかく返しながら目にもとまらぬ速さで叩く。明日は東京が大変なことになってしまっても、今はここでホットハウスフラワーズを聴くんだ。音楽は一際きれいに、楽しく、胸躍るように聴こえてくる。