2013-08-01から1ヶ月間の記事一覧

ちょっと休憩

煙草の煙みたいに立ちこめる愛。というわけで、パンホーチョン監督の『恋の紫煙』(2010、香港)を見た。公共の場での喫煙が制限された2007年の香港、屋外の喫煙所で知り合った、ジーミン(ショーン・ユー)とチョンギウ(ミリアム・ヨン)の微妙な…

パルコ劇場『iSAMU』

彫刻家でデザイナーのイサム・ノグチ(窪塚洋介)が、飛行機に乗ってアメリカから日本に来ようとしている。イサムは月を見ている。その引力のことを話す。 来日したイサムを人々はスター山口淑子(美波)と結婚した男としてみる。彼は広島の原爆記念公園をデ…

加藤健一事務所『モリ―先生との火曜日』

モリー先生(加藤健一)がエッグサラダを膝に載せている。力の入らない指でスプーンをつかんで、サラダをすくおうとする。一回。二回。あきらめる。今度はサラダのカップを口元へ近づけようとする。無理だ。 モリー先生は大学の社会学の教授だった。七十代の…

マームとジプシー「cocoon」

少女たちの夏服の、うすいローンで出来ているようなスクリーンいっぱいに、おもちゃの戦車が映し出されている。少女が通るとスカートが揺れ、スクリーンが揺れる。ふわりと戦車も揺れる。繭だ。 舞台は四角く、一面砂に覆われている。三々五々、少女たちが舞…

パルコ劇場『其礼成心中』

曾根崎心中、1703(元禄16)年初演。近松門左衛門の代表作だ。本当にあった大坂曾根崎の心中事件に材を取り、天満屋の遊女お初と、醤油屋平野屋の手代徳兵衛が、恋の成就を心中に求める悲劇の人形浄瑠璃である。 「この世の名残。夜も名残。死ににゆく…

二兎社『兄帰る』

席に着くなり、舞台セットを見て、顔がほころんでくるのである。白いソファ、差し色の薄緑のクッション、掃出し窓の外の、さわやかな色合いの寄せ植え。目の喜びだ。住宅雑誌の、きれいな個人宅のようである。 ハーパニエミのマグカップを手に、この家で繰り…

世田谷パブリックシアター「春琴――谷崎潤一郎『春琴抄』『陰翳礼讃』より――」

劇場に入ると、渋谷駅の喧騒の中にいる。 「1番線ドアがしまります」「シブヤー シブヤー」「駈け込まないでください」「シブヤー、ご乗車ありがとうございました」 なに線の電車か聞き取ることもできないし、前後の関係もわからない。音の海を漂流する。 …

「あかい壁の家」(二回目)

紀元79年8月24日、ポンペイの時が止まった日付である。ヴェスヴィオ火山で大噴火が起き、山を流れ下った火砕流が街を覆った。逃げる余裕もなかった。食卓の上の卵や切れ目の入ったパンはそのまま化石となり、家々の装飾の壁画は彩色鮮やかに残り、街角…

オフィス3〇〇音楽劇「あかい壁の家」

攪拌!雷が鳴って激しく雨が降り、やがて止んでいくけれど、まだ客電が落ちない。一人の男が迷子のように客席から舞台に上がり、歌う。 男の名前は水野凡平(中川晃教)。ポンペイ遺跡の小さな劇場オデオンへ、ある手紙の宛先の女性を訪ねて、宮城からやって…

世田谷文学館「宮沢賢治・詩と絵の宇宙――雨ニモマケズの心――」

宮澤賢治が苦手。真面目で真摯。特に童話。授業を一回もさぼらない学生の卒論になる。西洋名の子供たちも気恥ずかしい。ちょっとむりです。と何度も本を閉じた。『土神ときつね』を読むまでは。 いのころ草の茂る小高いところに、一本の女の樺の木が立ってい…