オフィス3〇〇音楽劇「あかい壁の家」

攪拌!雷が鳴って激しく雨が降り、やがて止んでいくけれど、まだ客電が落ちない。一人の男が迷子のように客席から舞台に上がり、歌う。

 男の名前は水野凡平(中川晃教)。ポンペイ遺跡の小さな劇場オデオンへ、ある手紙の宛先の女性を訪ねて、宮城からやってきたのだ。だがこの設定で気を許しては駄目だ、観客のいる私たちの時空を含めて、福島から来た一家、結婚式をオデオンで挙げようとしている二人、その出席者、イタリア人ガイド、遺跡の研究者、夫を探す花嫁、味噌会社の面々などなどが、猛烈な勢いでかきまぜられる。強い風にちぎれ雲が速い速度で流されていくのに似て、しっかりつかまっていないと吹き飛ばされてしまう。

 彼らはいつの間にかオデオンで上演されるミュージカルのオーディションに参加していた。このミュージカルは1940年に紅嶋小太郎(若松武史)によって作られたものだが、今新たにロックミュージカルとして蘇ろうとしている。そこに現れた大女優というあだ名のガイド(緑魔子)。彼女の登場で時空は大きく捻じ曲がり、仙台の空襲、死者たち、水面下の反権力、現代の東北がもつれ合いながら姿を見せる。

 この芝居から感じ取れるのは渡辺えりの強い無力感である。あの津波を見たときの無力感、置き去りにされる犬を見たときの無力感、死んでいった人たちへの無力感。それは被災した人々にとても近い。最後に歌われるヴェルディの「行け、わが想いよ」は「あんなに美しく、そして失われた故郷よ」という歌詞で知られるが、そこに渡辺のまた一からひとつずつがんばろうという、願いと励ましが感じられる。非常にgood heartedな芝居である。しかし、作劇はそれを下回り、私は一、二度吹き飛ばされました。