本多劇場『悪霊――下女の恋――』

松尾スズキの芝居を観て考える。もしも股間に眼がついていたら、そういう人間の恋愛は、地獄のようなものに違いない。恋の絶頂と覚醒が、同時に来る。

 キメ(広岡由里子)の息子タケヒコ(三宅弘城)の足の間にも、たぶん眼がついている。それも母の眼だ。かわいそうに。地獄が加速する。 

 二階家の古びた住宅、上手側に玄関、その横に広い縁側、下手寄り庭先に風見鶏を乗せた洋館の尖塔が無雑作に置いてある。下手に家の塀、出入り口がある。タケヒコは学生時代の友人ハチマン(賀来賢人)とお笑いコンビを組んでいる。初めての冠番組が決まり、結婚相手のナミエ(平岩紙)をハチマンに紹介するタケヒコ。ハチマンにはタケヒコの女を寝取る癖があった。そんな時、タケヒコは事故にあって下半身不随の車椅子生活になってしまう。なるようになるナミエとハチマン。母キメもまた、突然の事故で命を落とす。タケヒコはその死後、一瞬歩けるようになるのだが、母そっくりの家政婦ホキ(広岡、二役)が来るとまた不随に戻る。ナミエは妊娠、ホキも同じようにハチマンの子を妊娠してしまう。そうとは知らないタケヒコ。焦るハチマン。破局が迫る。

 関西の架空の都市に場所が設定され、登場人物は聞きなれない不思議な関西弁を話す。その関西弁が、空間をひらがなで埋めていくような感覚を持った。アーティスティックな漫画を見ているみたいである。耳なし芳一の経文のように文字が充満するが、三人の女は白抜きである。代わりに女たちは妊娠する。

 タケヒコは悪霊(強迫的な同級生井上、そして母)を背負ったまま、いつまでもハチマンとの会話をやめない。どんな悲惨な状況になっても笑いを取ろうとする姿はこの話を漫才のありえないほどつらい、シュールな修行ドラマにも見せる。そんな彼らを大きな満月が照らしている。月はいつでも同じ側しか見せない。それはここでは裏側なのである。

 賀来賢人、老成している。三宅弘城との漫才コンビに見えた。ちゃんと頭が少し足りない感じもする。ほめているだろうかこれ。