新国立劇場小劇場 『トライブス』

 ぐるぐる巻きのマフラーの下で、

「おもしろかった。」と小さく口に出してしまう。厳寒の東京。気温4℃くらい。劇場を出て帰途につくところ。難解すぎず、単純すぎず、いい感じだったなあ。

 席に着くと大きな四角形の立体が、骨組みみたいに舞台を覆っていた。箱。中央よりちょっと下手よりに蓋を閉じたグランドピアノが置いてある。ピアノは、箱の中の箱のように見える。その中には音楽の残響がとじこめられているのだ。芝居が始まる。ピアノのまわりに椅子が据えられて、そこで家族が食事を始めた。インテリの一家だ。父(大谷亮介)は評論家、母(鷲尾真知子)は小説を書き、長男ダニエル(中泉英雄)は論文制作中、娘ルース(中村美貴)は歌手を目指している。次男のビリー(田中圭)は耳が聴こえない。黒い服を着て、互いの話を聞かず、毒々しいやり取りをする家族の中で、ビリーだけが真っ白のシャツを着、会話の主の方へゆっくり頭をめぐらすところは、無垢な小鳥を思わせる。ビリーに恋人ができる。耳が聴こえなくなっていく病気のシルビア(中嶋朋子)だ。ビリーは手話を覚えた。家族が、自分たちは使わないから、という理由で決してビリーには教えなかった手話によって、ビリーは変わる。手話でビリーは抑えてきた怒りを鮮やかに表現する。彼はとじこめられていることに飽き飽きしている。こころの深い所でビリーに支えられてきたダニエルは大きくバランスを崩す。二幕の前半、ビリーに呼びかけるダニエルは、泣いてはいないのに、泣きながら相手をかきくどいているようだった。シルビアは聴こえない種族へとビリーをガイドしていく役回りだが、逆に聴こえる種族の手話を解さない一家に魅了されていく。幕切れのダニエルとシルビアは、とじこめたり、とじこめられたりの絆のもたらす贄だ。彼らの横たわる床の下では、ピアノの残響が響いている。誰にも聴こえはしないけれど。