ナイロン100℃ 41st session 『パン屋文六の思案 続・岸田國士一幕劇コレクション』

 

入場とともに一枚のシートを手渡される。真四角の厚紙が赤と青で四つに仕切られて、番号が振ってある。 

 「ナイロン10041st session パン屋文六の思案 続・岸田國士一幕劇コレクション ニオイシート」

 これがあの、芝居の途中でにおいを体験させるというやつか、とわくわく。と同時に、うまくできるか自分が心配。 

 芝居が始まると、簡潔に役者がシートの説明をする。その後ろに大きな歯車がある。右と左に月や星を吊り下げたモビール、円形の舞台の真上には「XX」「XY」と男女を表わす特大のモビールが時計と反対周りにゆっくり回る。やがて、舞台を挟む形に設置されたスクリーンに数字が写り、急いでシートをこすって鼻のところへ持っていく。立ち罩める香り。観客が機敏にシートを扱い、芝居の邪魔にならない。私にもできた。二本の芝居の空間が一つの空間で入り混じるのだが、それが匂いの立ちのぼる感じに似ている。からみあい、まじりあって、都会的な岸田國士の世界を色濃くする。七本の芝居が演じられてゆく。 

 着物に驚く。「ママ先生」の松永玲子が着るのは、「落ち感」の綺麗な茶の着物で、白のレース襟がつき、蝶の帯がぴったりと身に添うように太鼓結びに結ばれている。足元は中ヒールのストライプ柄だ。意外なようだが、この「意外感」が芝居にとてもあっている。洒落ていて、でも言いなりにはならない。ケラの姿勢をも思わせる。 

 パン屋の主人文六(志賀廣太郎)が決断を迫られて「しらん」というと、宇宙全部が揺れ始めたように感じる。この舞台も、一つのモビールだったのだ。 

 役者の言葉づかいが巧み。着物の袂からさえ愛情が出ているのに、言葉がそれを裏切る緒川たまき、ママ先生の松永玲子がよかった。