東京芸術劇場 シアターウェスト 『狂人なおもて往生をとぐーー昔、僕達は愛したーー』

 やさしいからだつきの愛子(緒川たまき)の腕から、ビーズ玉の(あのみどりの)鎖が床に落ちる音がする。彼女は出(いずる=福士誠治)のシャツのボタンをはずし、手を取りあい踊るようにまわり続ける。舞台は暗い。助けてと呟く。助けて。二人は世界の縁から、こぼれおちてゆく。

 世界ってなんだ。秩序。社会。国家。そして家族。この芝居は家庭劇なのだが、芝居が始まると皆靴を履く。内なのに外。ごっこの合図だ。家の中なのに売娼宿。家族制度というのがよく考えれば、一組の男女のセックスを基にしているのを露骨に示す。ゲバルトで頭を殴られ、変調をきたした長男出の幻想に家族が付き合うと見せながら、出のおかげで、家族は零れ落ちている自分たち(世界の禁忌をおかした自分たち)から、守られている。ある意味、狂った出が家族をかろうじて成立させているのだ。次男敬二(葉山奨之)がフィアンセとしてめぐみ(門脇麦)を紹介すると、彼らはバランスを崩し始める。

 舞台の端は三角形に鋭くとがり、手に刺さりそうである。下手に柱時計がたち、中央に丸く大きな電燈が下がる。柱時計の中から出が出てくる。棺のように横たわる。その中へと退場する。柱時計は止まっている。家族で紅茶を飲んだあの時から、ここでは時が凍っているのだ。電燈が振り子のように揺れる時、時もまた解凍される。終盤靴を脱ぐと、母(鷲尾真知子)は老婆となっている。

 中嶋しゅう、鷲尾真知子の声が、空間の質と大きさをはっきり把握していてすばらしい。門脇麦、類型的になりがちな役を自分のものにしている。背を向けたときツイードのスーツに寄ったしわが雄弁に役柄を物語り、笑った。