オフィス3〇〇 渡辺えり還暦特別公演 『ガーデン ~空の海、風の国~』

 通夜の晩、スーツを着たやせがたの男(大沢健)が、尋ねてくる。男の身体は、びっしょりと水で濡れている。家に上がった男は、時々、ちろり、ちろりと舌をのぞかせ、寿司の折詰に顔を突っ込んで寿司の身の部分だけ食べる。折詰のひもを片手にさげ、ひょろっと舞台中央に立つ姿。この、不気味で大仰でファニーなところが、圧巻である。15歳の娘に死なれた、動揺の静まらない家で起こる奇妙な出来事、事の重大さと、来客とが、何だか綱をひきあうように釣り合っていて、スリリングだ。

 「大人になりたくない」「大人になってしまう」。拒否や悲嘆はピーター・パンとひきこもりの良夫(土屋良太)に語らせ、そこをぽんと乗り越えて、渡辺えりは「進化」という言葉を登場させる。進化って、環境に適合するように、経年変化することかな?ポジティブな意味がこもってる。

 おばさんと少女について考える。その近くて遠い距離。間に横たわっているのは、いろいろの「きもちわるい」もの、性的なものだ。作者は「子供のころきもちわるかったもの」を注視する。逃げない(これこそ子供から大人への進化のあかしだと思う)。だからその分だけ庭の井戸はきもちわるいのだ。15の時、人は皆この不気味さの前で一旦死んじゃうんじゃないかなあと思うくらいだ。

 看護士姿で水を撒く光子(中嶋朋子)は、ありとあらゆる人の世話をしなければならない女の人の苦役の象徴のようでもあり、最後は、一人の自立した女性として、全世界をつくりだすために、慈しみをこめて如雨露を手にしているようにも見えた。

 早替りがあざやかで素早い。特に井戸のシーンでの中嶋朋子渡辺えりもいくつもの早替りをこなし活躍する。還暦公演、おめでとうございます。