丸の内ピカデリー 『海よりもまだ深く』

 作家志望の良多(阿部寛)。15年前に新人賞を取ったが、そのあとが続かず、取材と称して、興信所にずっと勤めている。妻響子(真木よう子)は息子(真悟=吉澤太陽)を連れて去った。ギャンブルにふけったり、母の住む団地の家で金に換えられそうなものをこっそり探したり、大人になりきれない良多の情けない日常を、ある嵐の一夜を通して描く。

 大人になりきれない奴と現実との対決。それはこんな問いだ。

 「なりたい大人になれた?」

 子供っぽい人間というのは、この問いに答えるのを引き延ばすことでほぼ成立しているといえる。「もうこどもじゃないんだよ。さあ、あなたはだれ?」という冷静な問い。

 これに対して母淑子(樹木希林)がやさしく、でも鮮やかに補助線を引く。大人というのはね。

 これで良多は追い詰められるかと思いきや、案外元気なのであった。しかし、嵐の公園で響子と真悟と話し、良多はちょっとだけ、変わる。嵐の翌朝、公園が違って見えるみたいに。

 わき役の人たちの、引っ込んだ芝居がとてもいい。特に興信所の後輩の町田(池松壮亮)が、くすっと笑ったり、相槌を打ったり、阿部寛のセリフをしっかり裏支えする。何になりたかったか聞かれた時の一瞬の頬の硬さもよかった。団地の仁井田先生(橋爪功)が、娘の戻ったのを知ってする後ろめたいような小さな狼狽。この人も大人になれていない人かもしれないと思わせる。

 木々が不似合いなまでに大きく育った、四角い窓に四角いベランダのついた団地。洗濯物のかかるそれが愛情こめて細密に描かれる。だがその絵は、近寄ってみると全てひと筆であっさり仕上げられている。きもちいいさらさらという筆致が聞こえてきそうである。