劇団黒テント第76回公演 『亡国のダンサー』

 一人の男「わたし」(服部吉次)が大きな机の上に軽く手を触れる。「降りやまない雨、」と彼は言う。倒れている「わたし」を描写する。「わたし」は顔の間近に雨粒の跳ねるのを見ている。雨粒のダンス。浅い傷や深い傷、彼は動くこともできず、失血し続ける。

 この話、さっぱり分からなかった。「わたし」は複眼のように思われ、変容する。大化の改新乙巳の変)、中大兄皇子中臣鎌足が当時政事をほしいままにしていた蘇我入鹿を儀式の最中に殺す。また、理事長(宮小町)と呼ばれる女がαpoint60Fと呼ばれる後嗣を育てている近未来がある。そこはどうやら高層のビルらしく、ダクトを伝って作業員たちが、ある計画に駆り出されている。近未来のこのビルの一室で、「わたし」は証人(平田三奈子)にこの人を知っているといわれ戸惑う。「わたし」のいる部屋に、姉(中島亜子)と名乗る女、弟(芹澤悠)と名乗る男、祖父(愛川敏幸)と名乗る老人がやって来る。

「わたし」は誰のことも知らない。「わたし」が「わたし」である証を立てるために、「わたし」は辛抱強く、何度も、小さな電子機器の入力コードに、個人の情報を打ち込み続ける。「わたし」は容易にこの作業を他人にゆだねない。近道や安易な方法を注意深く避けながら、「わたし」は扉を開ける。コンピューターの機械同士の闘争に巻き込まれる「わたし」、「わたし」はあの日部屋から外を見ていて(家族を持ち)、また、部屋の外からカーテンを見上げていた「わたし」でもある(つながりを持つ)。視点のジャンプ。「わたし」はあの時殺された入鹿として血を流し続け、雨粒の跳ねを見守る。その雨の踊り。こうして書きながら、私もまた「わたし」としてこの芝居に巻き込まれているのを感じる。私にはこの芝居がわからないが、私の観た芝居はこのようなものであった。