恵比寿ガーデンホール 『Live Magic』 2017

 食べ物のブースにお菓子少なめ。というショックをよそに、ホール舞台上に、早やバラカンさんと稲葉智美さんが上がり、ライブマジックのTシャツの説明などしている。トートバッグには「やるのはマジックやり方は音楽」と英語で書いてあり、Tシャツのレコード盤の絵がすてき。

 いつものように、バラカンさんは一通りあっさり説明すると、ひとことで今日最初のミュージシャンを呼びこむ。「オマール・ソーサ、セク・ケイタ、グスターボ・オバーイェス」

 白い民族衣装などを着たように見える三人が位置につく。オマール・ソーサはキューバのピアニスト、セク・ケイタはセネガルのコラ奏者、グスターボ・オバーイェスはベネズエラパーカッショニストだ。ピアノは舞台下手、コラは中央、打楽器は上手側後方に座る。調弦してすぐ始める。音楽がいくつもいくつもつながったS字を描いて空中に漂ってるみたいだ。オバーイェスの呟くようなセリフに、コラとピアノが色彩をつける。今日は台風の雨。外では木々の上に垂直に重い雨が落ちる。聴いたことがない曲だけど、雨の日の底にある憂いが外に出るような気がする。蝋紙で包んだ憂い、紙を破るとそれは澄んだ水、ってかんじ。

 彼らのアルバムは「トランスペアレントウォーター」透明の水という題だけど、それを聞くと、水が澄んでないことがあるんだなと思う。赤さびの水やコーヒー牛乳のような水たまりの水のことを考える。遠い土地、遠い水。そのせいかこの水は一際透明に感じられるのだった。三人はにこにこしながら演奏する。すっごい勢いで手が動いているのに。

 初めて見た「コラ」は、不思議な楽器だった。ウミガメの甲羅を連想してしまう大きな丸いボディに(瓢箪だとネットには出てるけど)、美しい鋲が模様を描いて皮を留めている。客席を向いている盛り上がった背中に穴が一つ見える。ボディからネックが2本、触角のように突き出ていて、一本のネックが通常の形で21絃の糸が張られているとすると、合わせて40本強の弦をセク・ケイタは弾きこなしていることになるなあ。指を掛ける短い棒が3本ある。そこに中指、薬指、小指を置いて、親指と人差し指で鳴らしているみたい。ぽわんと響く、とても美しい音がする。

 アルバムを聴いたときは現代風の環境音楽のような気がしたのだが、手拍子したり、踊ったりできる曲もある。セク・ケイタが左わきに小さな太鼓を挟み、オバーイェスが足の間に置いた太鼓と掛け合いするところも素晴らしかった。そしてピアノがすべてを誘導していく。会場の聴衆に、踊るよう促すのだが、なかなか3人のようには踊れないよね。演奏が終わると、彼らは踊りながら去り、それをコミカルに繰り返して見せてくれたのだった。

 

 地下へ降りて小さめの会場、與那城美和とダブルベースを弾く松永誠剛。まず與那城さんの着物が、よく似合っていて、そしてシック。黒い光沢ある麻(苧麻?)に、チャコールグレーに見える織模様が肩と裾にある。闇色と影色が、どちらも引き立てあっている。たぶん、宮古上布っていうんだと思うな。地味なのに豪奢、繊細なのに厳しい。その着物の襟から、與那城美和の緊張した顔がのぞき、本当に素敵な取り合わせだった。與那城は集中し、一息おいて歌い始める。その声に、(地味なのに豪奢…。繊細なのに厳格…。)というフレーズが、頭の中でくるくる回り始め、いつのまにか私は、大きな水甕の底に下ろされて、膝を抱えて座り、外から聞こえてくる知らない国の知らない歌を聴いているのだった。

 松永誠剛は33歳、まだ若い。音楽のことは私にはよく分からないけれど、演劇的に言うと、演劇(ショウ)の基本がよく分かってないように見えた。お客さんがまだ心の中で靴も脱がないうちに、先に酔いしれちゃだめ。置いて行かれちゃったよ。

 

ここで私は休憩しました。ウェスティンのラウンジでゆっくり。

 

 バラカンさんがTシャツの歴史を話しているのをちらりとのぞいて(チェロキー、この曲を聴いていてチャーリー・パーカービバップを思いついたんです)ホールのわきを通りかかると、アイリッシュ音楽、はっきり言うとWE BANJO 3が聞こえてきた。えー?焦って会場に入ると、中には人がいない。まだリハーサルの最中だったのだ。なんとなく、最前列の柵の前に立っていると、4人のメンバーが並んで、(舞台下手からバンジョーマンドリン、ギター、フィドル)ヴォリュームやバランスを入念にチェックしている。ロング・ブラック・ヴェールをちょっとだけ歌ったり、フィドルの弓の乱れた糸を歯で切ったり。演者が引っ込んだあと振り返るともう聴衆が、幾重にも私の後ろに並び、行きがかり上なんとなく、一番前でWE BANJO 3の本番を待つ。どうしよう、一番前なんて。3分前にはスモークが焚かれ、人がぎっしりだ。7時をいくらか過ぎて、メンバーが登場、インストゥルメンタルから始める。拍手がだんだん大きくなる。ギターのディヴィッドが、再々拍手をするようにいうのだが、それが炭をおこす、火のお世話をする人みたいに見える。拍手をしているうちに、メンバーが掛け声をかけて、曲の速度が一段とはやくなり、その場で軽くジャンプする。会場もジャンプ。日本語で上手にしゃべり、Little Liza Janeではリフレインを観客に歌わせたり、乗せるのがとても上手。スモークがだんだん白熱の湯気に見えてくる。バンジョーマンドリンもギターもフィドルも、皆饒舌で陽気、もつれたりなんか絶対しない、信頼できる踊れる音楽だ。いくらでも踊れ、いくらでも歌えるような気がしてくる。その上みんなハンサムなのだ。いうことないじゃん。ディヴィッドのちらりと見えるサックスブルーの靴下を眺めつつ、一番前で見るWE BANJO 3は最高だったなと思うのだった。