東京芸術劇場 東京芸術祭2017芸劇オータムセレクション『オセロ―』

 軍服姿の男(キャシオー=ロベルト・デ・ホーフ)が背景の襞の寄った幕を次々に剥がすと、幕は風をはらんで躍り上がり、沈み込み、舞台の人物に飛び掛かる制御できない巨大な生き物のように見える。中から現れるのは鉄骨の矩形の部屋、細い黒い骨組みを除いてすべてが大きなガラス面で出来ていて、裏側には出入り口が二つ付き、正面はスライドで開く。薄い白い華奢なカーテンが、中と外を隔てたり、引き開けられて中をむき出しにしたりする。

この矩形の部屋が、ある時は手の中の心のように、小さい、または見えないものを表わしていて(デズデモーナ=ヘレーヌ・デヴォス  は中で雑誌を読み、オセロ―の心の中の点景のようだ)、ある時は愛するものたちを愛の言葉の真っ最中にもばらばらにしている絶望的なディスコミュニケーションを硬質に表現する。ロダリーゴー(ハルム・デュコ・スヒュッツ)がキャシオーを攻撃するくだりでは、部屋はものすごい勢いで現代に流れ着き、部屋の向こうで殺される女(ビアンカ=アンネ-クリス・スフルティング)はまるで知っている誰かであるような気がする。そして終幕、オセロー(ハンス・ケスティング)がデズデモーナを殺し、イアーゴー(ルーラント・フェルンハウツ)がエミリア(ハリナ・ライン)を殺すこの部屋は、どこかの家、どこかのマンションの一室にぴったりとおさまり、今も不信と疑いと嫉妬のために繰り返されるありふれた殺人を、身近にひきおこされたリアリティある悲劇にしてみせる。

 軍人たちの面子と「おとこらしさ」、ムーア人、アラブ人であることの影が精妙にシェイクスピアを彩る。オセローは肉体は老境に向かいながら(下降)、その年齢と軍功にふさわしい地位を(上昇)を得ている、ということが、服の脱ぎ着で明快に受け取れる。イアーゴーが口をきけなくなるのが何故かが、わかりやすくて怖い。