東京芸術劇場 プレイハウス 『密やかな結晶』

 石原さとみに点が辛い。

 なぜって石原さとみのパントマイム修業をテレビで(2012、NHK)観てるから。あの時見た舞台上での心のしなやかさ、演技のみずみずしさは、忘れられない。

 今日はその石原さとみ主演の『密やかな結晶』、原作は小川洋子の小説だ。本を読むと閉じ込めあう男女とその愛と滅びのかなしみみたいなものを強く感じるが、芝居では設定をずいぶん変えている。脚本は鄭義信である。

 あるところにある島があって、関西弁の少しコミカルな秘密警察たちが、人々の生活と記憶から、いろんなものを「消滅」させている。リボン、香水、カレンダー。とうとう季節が消え、島はいつまでも冬に鎖される。小説家の「わたし」(石原さとみ)は、「消滅」の影響を受けない記憶の持ち主、編集者のR氏(鈴木浩介)を隠し部屋に匿う。「記憶」は丁度ユダヤ人のように、狙われているのだ。

 なんか、雪の道路で自転車を走らせ始めるような芝居のスタート、台本のくすぐりがあんまり効いてなくて、石原さとみのセリフは淡白。自転車のハンドルを雪に取られそうな、根源的な不安感がちらちら覗くとかがほしい。セリフでもっと景色見せて。

 しかしいよいよ消滅が極まってからの鮮やかな展開と役者の集中力にはびっくりする。石原さとみは冷静なF1ドライバーのようにアクセルをぎゅうっと踏み込み、恐れることなく終局へ突っ込んでいく。その速さと胆力の中から現れてくるのは、見間違えようのないあのひと、あの隠れ家のひとの透きとおった魂だ。

アンネ・フランクがいる)

 その驚き。風邪よけマスクが、涙でぐずぐずになった。フォーミュラワンだけでなく、雪道の自転車も頑張って運転してください。