シアターオーブ 『エビータ』

 劇場につくと軍国主義――独裁政治を表わす怖い絵が舞台いっぱいにかかっている。人間の折り重なる塔、下は呻く裸の貧しい人たち、真ん中にサーベルや銃を構えた軍人が描かれ、一番上にはシルクハットの資本家や上流階級の人々がいる。軍人のひとりが塔の中心に聳え立ち、白いマントを着て、不吉な貌のこの男が国を掌握しているとわかる。民を犠牲にして金持ちを守るやくざな政権であることも一目瞭然だ。そしてこれが、民衆に向かって両腕を高く差し伸べるエビータ(エマ・キングストン)の姿と、裏表になっているのだなと思う。

 エヴァ・ペロン、毀誉褒貶の激しい人。軍国主義と民への愛がまぜこぜになっていたら、どうしても評価できない。民によくしようという心、お金が欲しいという心、権力を持ちたいという心、語り手に選ばれたチェ・ゲバラ(ラミン・カリムルー)が、エビータをよく切れる鋏で、裏表のある布のように切り分けていく。

 まず私が驚いたのは、「ここが聴きどころです」「難しい高音部です」みたいなのが、一切ないことだ。皆すらすらと歌い(歌いすぎるほど)、声は途方もなくよく出てオーケストラの演奏を突き抜けて聴こえ、歌詞は明晰、どの人もよく鍛えられた刀のようだ。ラミン・カリムルーの声は、いい感じに焦げをつけた葉っぱ(それはチェの手にしているハバナの葉巻から来たイメージだろうか)のようにぱりっと乾いていて気持ちがいい。エマ・キングストンは病気になると別人のようだった。エビータに追い出されるミストレス(イザベラ・ジェーン)の感情移入が完璧で、去っていく脇役なのになぜこんな素敵なナンバーをこんなに素敵に歌うのかなと思ったら、一節だけ病気のエビータがミストレスの歌った歌を口にし、エビータは居場所のないミストレスでもあったんだと、そこにとても感動した。