名取事務所公演 別役実連続上演シリーズ第8作目 別役実書下ろし作品 『――注文の多い料理昇降機――〈ああ、それなのに、それなのに〉』

 舞台上空に、瞳孔のような星雲のような月のようなドーナツ型の鏡が吊るされている。舞台の表面は砂で覆われ、中央のタイルを侵食しつつある。電信柱は傾ぎ、錆び色のバス停は折れて、ベンチの背板はない。

 世界はもう終わったんだね。そして破れたんだね。それはピンチで吊るした青空の壁紙からの連想だ。ツクリモノの世界。ツクリモノの宇宙。演劇。

 破れた世界はほかの世界を呼び込む。ピンターの『料理昇降機』、男1(内田龍磨)、男2(内山森彦)は科白によって一瞬に殺し屋のベンとガスになり、「合図」として下げられたハンカチは「ジョバンニ」と名前の入ったハンカチのある悲痛な世界につながり、公爵夫人はアリスの不条理を召喚する。

 戯曲を読んだ印象では、この芝居は、高く、高く上がっていく視点から見る海みたいだった。科白が波、白い波頭を立てて、岩にぶつかり、ぶつかるたびに岩は色を変え、つぎ、またつぎに向かってくるもりあがった海面が遠く控えているのが見える。この波は一方からのものでない、「四方」から打ち寄せる。世界はとても非現実、とても不確かなのだ。

 ところがここで役者の身体を通してセリフを聴くと、世界がとてもリアルで確実。とても小さくて、「破れない」。女1(森尾舞)と女2(新井純)の黒頭巾サングラスの扮装が可笑しく(着こなしている)、女性にこうしたいい役(いい役にしている)があることをすてきだと思う。が、芝居全体に大胆さと可笑しさと勢いが足らない。可笑しさを破り、がんがん進まないと、別役が企図した、演劇の宇宙の中からはるかに眺める外世界の「終わり」に行きつけないよ。