日本橋三越本店新館7階 写真展「木村伊兵衛 パリ残像」

 1954-1955、『木村伊兵衛外遊写真集』として後にまとめられた写真、パリの写真の展覧会である。「外遊」という言葉のすんごいものものしさ、彼我の距離は果てしなく遠かった。写真の展示の最初に朔太郎の、ふらんすに行きたいけれども無理だから背広買う、っていうあの有名な詩がなぜか掲げられているくらいだ。

 会場を入ってすぐに、《パリの女 シャンゼリゼ通り 1955》という大きくのばされた写真がある。

 カフェの室内に座っている女の上半身、彼女は整った横顔を見せ、手を口元にあてている。深いオレンジ色に染められた爪が美しく、長方形の銀色の指輪、白っぽいベージュのニットのトップスを着て、細かいプリーツのスカートが丸テーブルのわきからちらっと見える。外からの光と、室内の明かりがぶつかりあってぼんやりニットの質感を浮き立たせている。テーブルには赤いトマトジュース、窓の向こうに空色のコートドレスの女の後姿がある。

 中心のこの綺麗な女の人は、どうやらマヌカンらしいのだが、全体のシルエットが円錐(?)ぽいせいか、空から降ってきた啓示のように見える。(ここ巴里だよ!)という木村の驚き、実は降ってきたのは木村とライカなんだなと思わされる。ガラスケースにこの時撮ったらしき別の写真の載った雑誌があり、窓の外を通る(トマトジュースを引き立てる)通行人は、赤い襟のオープンシャツを着た男である。マヌカン―ジュースと2点を決め、3点目を次々変えていくのかー、とそのカメラマンの眼が面白かった。

 カルティエブレッソンの撮った《撮影中の木村伊兵衛》、ベレーをかぶった木村がぼろ屋の梯子の4段目に上がり、写そうとするものに心を奪われているが、その下にはぜーんぜん別の事情があるのが面白くもかわいい。