ジェーン・シベリ@モーガンサロン 『JANE SIBERRY SECOND SHOW』

 代田橋の夜。暗い。寒い。カフェがない。歩道橋が苦手な私は、200メートルくらい逆戻りして横断歩道を渡る。

 小さくFisherと名前の出ているモーガン・フィッシャー邸にたどり着いた。近い。グーグルマップ、ありがとう。

 キーボード(黒い布がかけてある)の置いてある部屋は、「音楽室」という趣で、40~50平米くらいある。天井にはよくある石膏ボードが、珍しい市松模様に貼られ、カルダーその他のモビールが空気をかき回す扇風機に揺れている。椅子はどこのライヴハウスより上等でふかふか、30人弱の人がぎっしり座る。

 若いシンガーのエリザヴェータが音声チェックでハミングしたらびっくりするほど素敵だった。細いストラップの黒ワンピースで弾き語りする「Snow In Venice」。注意深く複雑に縫い合わせた布地の、袋になった隅々に息が通ってる。裁って縫った曲だと思った。ロシア語でうたったところがすきだったな。

 元旦が誕生日のモーガン・フィッシャーが続いて二曲演奏する。1950年生まれだなと思っているうちに演奏が始まる。(えーー?)ものすごい上等の演奏。キーボードの音の、一つ一つの音の波紋のぶつかるところ、その上に指を置いたら鋭い傷がつきそうにシャープ。美しい。そして、そのうたう歌は、あとでジェーン・シベリに「イノセントボイス」と言われちゃってた程のんきでふつう。声のせいで全部がちょっと前衛ぽく聴こえるのだった。

 酸欠をしんぱいするくらいに一杯の会場に(外のドアを開けて冷たい空気を通していた)、ジェーン・シベリが登場した。(開場と同時に、彼女のビデオ、インタビューがスクリーンに流れていた。とつぜん――デュラン・デュランを思い出すような――「ジェル」をたっぷりつけてショートヘアを逆立てた若い女性が歌を歌っている。80年代。コーラスの女の人二人のテクノっぽいカクカクした振付と、カラフルな衣装が、「そうだったなー」となつかしい。インタビューを受けるジェーンは美しく、眉が弧を描いて、その下の目が考え深そうに見える。)ビデオでは、儚い感じの女の人に見えたけど、今目の前にいるジェーン・シベリは唇を意志的にきゅっと結んで黒のレザーぽいジャケットを着、いかにもレーベルから出て自分自身でインディペンデントに曲を発表している人っぽい。80年代、あの時代の波に乗って、あの最先端を演じることが、実は少し苦手だったのかもしれないと歌が始まってから思う。頭の上にピンカールをした髪のうずまきがいくつも載り、それが似合っている。カナダのトロント出身のシンガーソングライターで、大学では理系だったそうだ。ギターの弾き語りで歌詞がわからないとちょっときびしい(「日本語だけ喋る人?」「はーい」と手をあげると私一人の場違い環境だった)よね。優しい声、風が通るようなファルセットヴォイスなんだけど、その中に声の芯が出ていて、ひゅうっという強い風が混じっているようだった。この「声の芯」で、ジェーン・シベリーはほかの「よくある」歌い手から遠く離れる。何事かを言おうとしている人なのだと感じる。「Bound By The Beauty」は、初期の作品のようだけど、美醜や欲望に縛られている自分を鋭くつかんでいて、世界に肯定されがちな「きれいな女の子」であったはずのジェーン・シベリが、こんな省察をしていたのか、賢い子だったのねと思うのだった。500年前の森に歌詞がジャンプするところもいい。何を見ても自分の犬を思い出すという、日光がレンズで「犬」に焦点を結んでいるような面白い歌もある。(「Everything Reminds Me Of My Dog」)お店の人が、電話が、タクシーが犬を思い出させ、地下鉄の男の人と目が合うたびやっぱり犬が思い出され、彼女はもうクッキー25枚くらいあげてしまった気持ちになる。隣に座った外国の女の人がくすくす笑い、とても楽しそう。ライブの楽しみ方が違うなー。ジェーン・シベリは、日本の鴉の鳴き声がカナダと違う、低くて「かぁ・かぁ」というといっていたけど、手拍子だって、私のは「かぁ・かぁ」と日本語ぽく鳴っていて、隣の女の人は難しい拍子を自分で作り出していて能動的なのだった。へえーと思う。

 最近(2016)のアルバムの中から「Living Statue」を歌ってくれた。ベルギーでみた白い像のことを歌ったって言ってたかな。あー、無著・世親の像(!)だって、腕を伸ばして手に持ったカメラのファインダー覗くと、腕の搏動のせいでカメラが動き、像が生きてるような気がするよねー、と、関係あるようなないようなことを考えながら、すこし厳かな感じのする曲を聴く。

 それからジェーン・シベリは、緊急事態のリセットの方法を教えてくれた。6カウントで息を吐き、6カウントで息を吸い、そして6カウントで息を止める。感情でなくロジックを使う。ちいさな動作に集中して丁寧にやる。ああーパニックになったとき思い出せるといいな。このあと、ものすっごい歌えるお客さんと、軽くデュエットなどし、私以外のお客さんは歌い(低音部をつける人までいた!)、ジェーンは朗読し、楽しいライブは終わった。