ビルボードライブ東京 ダン・ペン&スプーナー・オールダム

 一階平場へ降りて、ステージを見ながら上手(右)から下手(左)に歩いてみたが、何の変哲もなく、しずーかにギター(素人目には普通のギター)がスタンドに立てられ、華奢な電子ピアノに楽譜が開かれているだけで、何も視界に引っかかってこない。つー、と通り過ぎた。最小限の楽器に、ちょっと、ほんのちょっと教会みたいな感じが漂う。ステージに青い明りがつき、外の夜のビルと、会場のざわめきが重なる。舞台のチェックに来たスタッフの女の人が、ギターのチューニングを確かめているが、えーさわっていいのというくらい、尊さをステージが醸し出している。

 紹介の人がラフな感じで、「ダン・ペン&スプーナー・オールダム」といい、二人が舞台に上がった。ダン・ペンは77歳、スプーナー・オールダムは75歳だ。肩を組んで客席にあいさつする。

 「マッスル・ショールズで…」「マッスル・ショールズの…」というフレーズをよく聞くけれど、マッスル・ショールズというのはアラバマ州の地名で、音楽の人が言う時は、「マッスル・ショールズ・サウンド・スタジオ」という施設と、そこで生まれた音楽のことを指している。詳しくは『黄金のメロディー~マッスル・ショールズ~』という映画をごらんください。

 ダン・ペンはこのマッスル・ショールズやメンフィスで活躍するソング・ライターでプロデューサーで、もちろん歌も歌う。スプーナー・オールダムもマッスル・ショールズのミュージシャンで、アレサ・フランクリンの「貴方だけを愛して」の冒頭の印象的な電子ピアノなどを弾いている人だ。

 向かって右に座ったダン・ペンは、まず滑り止め(?)のパウダーを手に振りかける。そしてゆっくりギターを抱え、コードを試すように弾き、歌い始める。「I’m Your Puppet」。いい声だ。CDのまま。ぽろりんと聴こえるスプーナー・オールダムの電子ピアノがきれい。童話のよう。電子ピアノの下から覗く足に、黒地にオレンジラインの鋭く入ったスニーカーを履いている。

 若い時、わたしこの歌大嫌いだったのである。なんだ、僕は君の操り人形って。といらいらしていた。今思えば、好きな女の人のいいなりになってしまう男の、哀しみみたいなのにイラついていたんだねたぶん。哀しみいつまでも続かないでしょう!すぐ憎しみに変わるやん!というような気持と、その哀しさに申し訳ないという気持ちが、相争っていたんだろうねぇ。今はいい歌だとわかります。

 2曲目は「Sweet Inspiration」、70代のダン・ペン&スプーナー・オールダムは、すこし違うことを考えているように、八分くらいの力と集中で歌い、演奏する。すると電子ピアノやギターや声が、自然に生きて、それぞれ呼吸しているように聴こえる。

 「みんな、ボックス・トップスを知っているかい?」と鼻歌のようにつぶやくように歌い始めたのは、ダン・ペンがプロデュースした60年代後半のメンフィスのバンド、ボックス・トップスの「The Letter」。会場の伴奏のような力のこもった拍手で、ギターも弾かず歌い終える。小瓶のビールをちょっと飲み、たぶん、なかなか曲が思い浮かばず、レコーディングが難渋した「Cry Like a Baby」の話をしている。なんというか、このダン・ペンの話も味があって、話が曲の一部に聴こえてきて、空間全部が味わい深い。たとえば、ダン・ペンが、「Well,Spooner?」と話しかけるのもいい感じで、なんでもなくて淡々としていて、繊細だ。朝の4時にひらめいた「Cry Like a Baby」をうたう。そして、「Do Right Woman,Do Right Man」。ダン・ペン&スプーナー・オールダムは、最盛期の歌の残骸を演奏しているのではない。歌が「いま」生きている。生き生きした老年の男の歌なのだ。確かに高音はとても気を付けて出しているが、しっかり構築された曲の、若い時と同じコードの、違う並びに光が当たる。建物は同じでも光線が変わったのだ。

 男の人が、女から受けたたった今の赤い血の出る傷、覆い隠せないたった今の真実をダン・ペンは歌う。この正直さが稀有。そして、歌の端っこまでしみじみ意味(こころ)がこもってる。曲名がわからないけど、後半の「I’m coming home,Wait for me honey」と歌う歌なんて、歌の中の男の帰ろうという気持ちが現在形で伝わる。「Nobody’s Fool」もよかった。ダン・ペンもうまく歌えて満足そうだったし、「Nobody’s fool」というフレーズの音の塊からしてかっこいいのだ。人間国宝だなこの人たち、と話しながら家に帰った。とてもデリケートな音楽だった。