東京芸術劇場プレイハウス 森新太郎チェーホフシリーズ第一弾 『プラトーノフ』

「うわっひどい男、でも、」と私は必ず付け足すのだった、

チェーホフほどじゃない。」

 失恋の友達を慰めながら、なんでそんなにチェーホフひどい奴だって思っていたんだろあたし。ハンサムでかしこくて世を蓋う天才で、手紙とかやたら出すくせに、肝心のことは言わないからかな。ざんこくですよねこの人。

 チェーホフ18才の作品『プラトーノフ』は多分、ハムレットが「現代ロシア」で「主人公」だったらという観点から描かれたか、整理されたかの戯曲だ。そして、バイロン卿の数々の恋愛沙汰にインスパイアされている。ロシアのハムレット、ロシアのバイロン卿、もし彼が今ここにいて、生きるとしたら?きっと彼は作品を書かないだろう、恋愛するしかないだろう、退屈し、絶望し、復讐するべき父の仇もなく、後年のチェーホフのあのうっすらした100年後への希望もない。

 舞台中央に巨大な「蝕」を思わせる環が吊るされている。夜目のきく猫の目のように見えたり、息苦しい世界の空に開いた穴に見えたり、井戸に見えたり銃口に見えたり、行けども行けどもぐるぐる回りの薄い環(その上に儚い人々の生活が載っている)に見えたり、あれこれ、この世界の展望のなさを象徴する。

 そんなことより、森新太郎、どうした。藤原竜也に椅子ぶっ飛ばされたくらいでびびるんじゃない。椅子を投げる藤原竜也の苛立ちもわかる。2幕の学校のシーン、長すぎて、「保たない」。あの姿のプラトーノフに飽きる。演出にもう一工夫必要だ。

 藤原竜也、首と鎖骨あたりに力が入って、人のセリフ聴けてないよ。足の裏で息してみたら?

 比嘉愛未、「何をすべきか言ってやって」の所だけ乱れた方がいい。