新宿武蔵野館 『パパは奮闘中!』

 これって、社会や家庭の中でのバランスを、一人の男が成長して新たに獲得していく話なの?いいのそれで?

 巨大宅配システムの仕分け部門の仕事に従事する男オリヴィエ(ロマン・デュリス)。朝暗いうちから家を出てチームリーダーとして働く。彼は無力で、馘首になった同僚を助けることもできない。が彼は働き続ける。ある日、妻(ルーシー・ドゥベイ)が、彼と二人の子供を置いて消えてしまった。ただでさえバランスの悪かった人生を、オリヴィエは一からやり直さざるを得ない。娘の「コアラのセーター」を知る。息子の鞄の好みを知る。

 私にはこれ、つんのめってカーテンにつかまりながら転びそうになるひとの話に見えた。世界は壊れやすい。画面上でいろいろな登場人物が、何度も何度も繰り返す儀礼的な両頬へのキス、もしもこれがカサヴェテスとかだったら、そのキスは社会の病巣をあらわにし、生活の亀裂のひとつひとつに「深淵」というべきアメリカの(フランスの?)疵が読み取れるだろうけどね。この映画、ちょっと彫が浅めなのだ。この映画で私が「深淵」になりそうとおもったのは、娘ローズ(レナ・ジラード・ヴォス)が男の子のように髪を短くしているところと、お父さんについてオリヴィエが触れたがらない所だ(もっと怒ってもよかったのに)。それに後から考えるとちょっと男から見た恨みがましさが覗くようにも思える冒頭の眠る妻のショット。長く組合活動をしているのに、オリヴィエを抜擢されて傷つく女の同僚(ロール・カラミー)、息子エリオット(バジル・グルンベルガー)のやけど、どれもあまりにさらりと塗り込められていて、疵を簡単には見せてくれない。女の子が髪を短くしているなら、それは女の子がいやだという少女の意志か、両親が息子しかほしくなかったのか、どうなんだ。ロマン・デュリスの子供との再会の表情がよかった。