ブルーノート東京 パンチ・ブラザーズ  (2019、7月)

 三角形にとんがった、ダイヤモンドの台座のようなマイク受けに、楕円の大きなマイクがただ一つ載る。あの三角の受け皿が、性能のいいマイクを雑音から守るんだね。

 時間通りにパンチ・ブラザーズがさーっと舞台に上がる。下手(舞台向かって左)から、フィドル(ゲイブ・ウィッチャー)、マンドリン(クリス・シーリー)、少し後ろに重なってベース(ポール・コート)、ギター(クリス・エルドリッジ)、バンジョー(ノーム・ピケルニー)が並び、あっと言う間に緊張した音楽が始まる。「Moment And Location」。楽器を持った体をマイクに近づけて音を出すという原則がはっきりしており(ギターは胸のずいぶん上の方に抱えられている)、5人のミュージシャンで舞台は混み合うが、皆機能的に振る舞う。無駄がない。全員の立っている形が、コンテンポラリーダンスコレオグラファーに振りつけられたように、凝縮された、もの凄くかっこいい構図なのだった。そして、構図のようにかっこいい音が出る。はじける音がテンション高く、細かく刻みながらすごい勢いで疾走する。飛び出していく。

 うちの家族はクリス・シーリーのヴォーカルにいろいろと文句があり、もっと「演奏を聞かせてほしい」と家でパンチ・ブラザーズをかけると必ず言う。でもね、ライヴに来るとこれで正解だと思うのだ。だってあの高い声じゃないと演奏に負けるもん。そしてまたあの声はレディオヘッドをくぐってきたものの声。ブルーグラスにとどまらず、「遠くまで行くんだ」という意志の表れじゃないの。

 一曲目の途中でクリス・シーリーのマンドリンはリズムを崩す。それ、前衛?遠くまで行ったの?覚悟がわからん。

 (違うんだったら気を付けようね、)と私は胸につぶやくのだった。舞台の左右の端のスタンドテーブルに、ペットボトルの水とショットグラスにお酒が用意されている。ちょっとしか入ってないから強いお酒なんだと思う。クリス・シーリー、1981年生まれ。今はまだお酒が友達やろー。気をつけなよー。

 2曲目の「My Oh My」でも、マンドリンバンジョーの所で前衛ぽい感じが来る。でもレディオヘッドに勝ってない。勝つ気ある?マンドリンとギターの後ろで、ベースのネックがゆらゆら揺れている。

 3曲目は「Flippen」、ヴェーセンで聴いたなあと思って今ネットをみたら、ヴェーセンとクリス・シーリーがこの曲で共演していた。ヴェーセンのバージョン、ヴェーセンとクリス・シーリーのバージョン、このパンチ・ブラザーズのバージョンも素晴らしい。ギターとマンドリンがまず出て、クリス・シーリーの「ハッ!」という掛け声で全員で走る。パンチ・ブラザーズ、どうしても「はしる」という言葉を使っちゃう。一瞬後の曲を追いかけて皆鋭く集中して走る。つかみどころのない「時」を捉えようと走る。そしてそのダイヤのようなたったいまを手にしたと思ったら、またすぐ手放し、次の音へと走る。

 中盤、ゆっくり螺旋で降りてくるバイオリンが、なんだか飛来するもの、飛んでくるもの、落ちてゆくもののような音を出す。バンジョーの綺麗な音、ギター、ベースの音が聞こえる。遠くまで行こうとしているなー。でもマンドリンの刻む「ノリ」は変わらない。日常だ。(いいの?)引力で落下するバイオリンにギターとバンジョーが寄ってくる。星?惑星?それぞれが星のように鳴り響く。星々が出している銘々の波長で、掛け合う。激しく聴こえる「現代音楽」が、雲を切って墜落し、どん!ブルーグラスの宴会の真ん中に落ちる。わらった。「遠くから来た」んだね。たのしい!と会場を見渡すと、おじさんもお姉さんも、ふわっと笑いながらうっとり音楽に聞き入っているのだった。