2019年7月シアタートラム公演『チック』関連企画 戯曲リーディング 『イザ ぼくの運命のひと』

 ヴォルフガング・ヘルンドルフ(1965-2013)ドイツの作家、脳腫瘍を発病し、手を尽くしたが回復の見込みがなく、拳銃自殺。

 スクリーンでそんな作者の説明を読みながら、舞台を見ると、中央に上手と下手で少々高さの違う二重が置かれていて、アヒルの親子のお風呂玩具、海賊の宝箱、拳銃、洋書が、リーディングの始まるのを待っている。上手には赤と珊瑚色、ピンクの鮮やかだけどしっとりした色合いで設えられた少女の部屋、コーヒーテーブルの下に潜む、二つのくまちゃんのぬいぐるみと見つめあう。

 少女イザ、14歳、世界の時を止めようと思っている子、太陽を指でつまんで押し戻したいと思っている子、「大人になりたくない子」、そのせいで精神科に入院し、「クスリ」を飲んでいる子。女らしく振る舞うことを求められるちょうどその地点で、イザは旅にさまよい出る。ベージュの愛想のないTシャツ、膝までまくり上げた(ほそっこいすねがむき出し)迷彩パンツ、飛び跳ねる赤い髪、土井ケイトはイザを性別のないこどもらしく造型する。イザはのろい貨物船に飛び乗り、ずぶぬれで歩き回り、どこかうつろな大人の男たち(亀田佳明)の話を聴きつづける。

 このリーディングを輝かせていたのは、まず国広和毅の音楽である。わざとらしい所、気恥ずかしくなる所が一つもない。いやみなくリーディング――土井、亀田――によりそっている。

 亀田佳明の言葉がクリアできちんとイメージを伝えてくるのに比べ、土井の朗読はもひとつ隅々を「伝えよう」という気持ちに欠ける。それは演じることの方に懸命だったからだろう。土井のイザは素敵な女の子であった。子供時代を抑圧して鬱になる女の人たちの心の中に棲む、けしてけしてけして大人にならない子、アシダカグモと友達の幼年時代を手放さないイザだった。