岩波ホール 『リンドグレーン』

 大きな窓の前に据えられた仕事机、白いカーテンの向こうに緑がうっすら見える。後姿の老年女性――作家アストリッド・リンドグレーンの手元が映り、「アストリッド 誕生日おめでとう」と書かれた子供のファンレターの上を、アストリッドが指先で二回軽くたたく。ありがとってかんじ。親しげな感じ。

 もうここんとこで私は嗚咽するほど泣いている。(素敵なシーンだった)。けどさ、映画通してめちゃくちゃ泣いたからって全肯定するわけじゃないの。

 思わぬ妊娠をして、世間を憚り子供を産んで、子供と離ればなれになるつらいストーリーは、今まで何度もいろんなテレビや映画で観てきた。この『リンドグレーン』では、それが女性の立場から、リアルにきちんと描かれる。苦しい出産シーン、胸が大きくなり、母乳が服を汚すのを隠すための胸抑えのせいで、乳房は痣になり、布が母乳で体に痛々しく貼りついている。両手を振り回して踊り、突然、「叫びたくなった!」と夜道で大声を出していた自由な女の子(それはやっぱりアストリッド〈アルバ・アウグスト〉の中のピッピなのだろうか)が抑圧され、苦しみにさいなまれるのだ。苦しみと和解のリアルさで、十分この作品は良作なのだが、名作になるには一味足りない。『ツイスト&シャウト』(ビレ・アウグスト)で、少年と妊娠した少女が、冬の公園の階段を上り下りするあの寒くてみすぼらしい「恐怖」が、画面を圧倒する冷たい、背筋に注がれる水のような畏怖が足らん。惜しいね。男から女に視点が変わったところは評価するけど、文法どおりの「母物」で、三益愛子とあまり違わない。母(マリア・ボネヴィー)とマリー(トリーネ・ディアホム)のキャスティング逆ならよかった。マリア・ボネヴィーはどこを切っても主役の芝居。監督との「打ち合わせ不足」を感じる。