東京フォーラムホールA 『AN EVENING WITH CYNTHIA ERIVO』

足元が透けてる階段を、お上りくださいと言われたとたん軽いパニックに陥る高所恐怖症。東京フォーラムホールA、広い。
 上手と下手のスクリーンに、AN EVENING WITH CYNTHIA ERIVOと読める。マシュー・モリソンと、三浦春馬の名前もある。場内にはサックスのいい感じのジャズが流れている。パンフレットを広げ、ミュージカルナンバーの紹介表を熟読する。いろんなミュージカルがあるなあ。ついでに言うと、私はミュージカルについて何も知らない。シンシア・エリヴォも、チケットとるときはじめて聞いた名前だ。
 会場を照らす照明がオレンジ色に点灯して、楽団の人々が位置につく。下手に金管とコーラス、上手にギターやドラムス。中央の一段高くなったところに、音楽監督兼ピアノのジョセフ・ジュベールが座る。手で軽く指揮をして始める。
 あれっ音が重い。前に進まない、ぬかるんでいると感じるほど重いが、トランペットやトロンボーン、サックスがソロを取り、後半には徐々に調子が出る。
 暗い中になにかきらきら光っているものが見え、それがシンシア・エリヴォだ。プラチナブロンドの、格好よく短く刈り込まれた髪が黒い肌を際立たせ、肩からマントになった銀色のドレスもちっとも浮かない。舞台の背景に5,6個星が仕込まれ、ひとつひとつがぎらりぎらりと輝く。曲はFabulous Baby。
 「ファビュラス...」と思わず小さく口に出してしまい、慌てて口を押える。すべてがファビュラスだ。この曲と次のDon’t Rain On My Paradeでもう、じんわり泣いているのであった。(胸が破れた)って思った。オリンピック選手のクロールの手が、鋭くプールの壁のタッチする感じ。胸についてる日めくりカレンダー(???)が、際限なく破り取られる感じ。冬の障子をあけて空の青い庭に連れ出されてるっていうか。『イェントル』のA Piece Of Skyのなかにある、つかの間の無重力(シーソーみたいな、)そこで軽々と出る高音、Fly!といわれれば飛べる気がした。機材のせいで高音が、ちょっと会場内にこもってた感じしたけど。
 続いてマシュー・モリソンが出てきてウクレレでデュエットする。少し音外したかなあ。マシュー・モリソンはとてもハンサム、ダークなジャケットの袖に2本線が入り、白いシャツと白のパンツでパリッとしている。エリヴォとのスキャットがとても素敵だ。Over The Rainbow。それからディズニーの曲をマシュー・モリソンが歌う。大きな手の中でウクレレが小さい。マシュー・モリソンは天性歌がうまいので、楽々といろんな山や谷を越えてきちゃっている感じ。
 問題は、三浦春馬だ。節回しも音程も感情も、浚えるだけ浚って、完璧な仕上がりで来たのがわかる。ところが、越えてこない。これじゃ「歌うまいひと」だよー。観客の胸をやぶれー。何もかもきちんとやる生徒じゃダメなのだ、そんなの「うた」でしかない、節回しや音程や感情を超えた喚起力、「おばけのちから」求む。シンシア・エリヴォが一番をうたって、三浦春馬がそっと階段をのぼり、下げていたマイクを口元にもっていって2番をうたうところ、(エリヴォ様とデュエットだ!)と、三浦春馬が感じているであろう畏れと勇気に感じ入った。なかなかこんな体験のできる日本のスターはいない。三浦春馬はきちんと歌い切った(きちんとじゃダメなんだけどさ...)。
 シンシア・エリヴォはどんな難しい曲も楽々とうたい(たとえばeasyと歌う曲のeasy
でなさよ)、The Color Purpleではドレスっぽくない何か(キャラコのワンピース)を感じさせ、最後のI’m Hereの自己肯定が、ゆるぎなく美しかったのだった。