KAKUTA 第29回公演 『ひとよ』

 泣いちゃった。といいながら、全然話に入れなかったのである。まず、舞台は山の中のタクシー会社だ。「拘束時間は出庫点呼~帰庫点呼まで」などの貼り紙や疲れてぼやけた感じの流し、ありあわせの椅子を置いたテーブル、無線室と、もう欠けているのは火力の強いストーブと干した温泉タオルくらいかなという仕上がりだ。上手から下手に向けてだんだんに高くなるよう勾配がつけてあるのに、セットの中央上にあるタクシーらしきものが水平に置かれている。んんん?ここで引っかかった。パンフレットを読むとこれは絵看板らしい。しかし中に人が乗り込み、実際のタクシー内の会話が行われる。なんか腑に落ちないまま話はぐいぐい進む。母稲村こはる(渡辺えり)が「ごはんある?」と何気ない調子で登場し、腕を吊った長男大樹(若狭勝也)、頭に包帯を巻いた次男雄二(荒木健太朗)、頬に血をにじませた長女園子(異儀田夏葉)に自分のしたことを、ごはんを食べながら説明する。一幕通して皆出力の調整ができていず、最後の二幕の慟哭を効かすためには、母の雰囲気(コロシタ…コロシタ…と空間が脈打ってる感じ)のボリュームを下げるべきである。あと髪はたなびかない。

 酔っぱらった園子に帰ってきた母が覆いかぶさり、園子が「気持ち悪い…くるしい」という場面で、次のシーンの園子(こどもたち)の複雑な心を予想したのだが、そこはそれほどこじれなかったなあ。無線係の柴田弓(小林美江)のとりみだし方が素晴らしい。飛行船が観客の心に全く見えなくて、時間のゆっくりした別次元の流れがわからない。ここ大事でしょ。

 どの人物もぴりっと描きこまれている。甥の丸井進(久保貫太郎)がいい人で、救い。みなとてもうまい。しかし、今日は芝居がきちんとリレーされていなかった。