ケムリ研究室 no.1 『ベイジルタウンの女神』

 ハイタウン(金持ちの街)の女社長マーガレット・ロイド(緒川たまき)は、ベイジルタウン(貧民の街)の再開発の権利を賭けて、乞食の多い貧民街へやって来る。素敵な服はぴりっと破られているけど、ちょっと浮世離れした彼女はそれほど気にしない。ベイジルタウンの誰彼にも、自分は社長だと臆せずに言う。ただ、それを誰ひとり信じないだけなのだ。

 ハイタウンとベイジルタウンの間を、脳梁のようにつなげる情報が弱い。役所の人(齋藤悠)とか空を飛んでくるものとか兄ちゃん(マスト・キーロック仲村トオル)の前職とかだ。弱いので笑いと情報と、糸が二本どりで通してあるが、もっとしっかり笑わせた方がよかった。前職は提示をデリケートにしないと、少し引いたよ。

 それから「ねむり」についてのサーカス(犬山イヌコ)とドクター(温水洋一)の会話で、「それをそのままねむるのよ」というところ、もっと深めて言えるはずだ。何か奥深い台詞があってよい場所なのに、すいすい通り過ぎている。あるいは、「そのまま」の説明しがたさを説明する可笑しさを、丁寧に客席に伝えるべきじゃないの。

 寓話のようなそうでないような不思議な生々しさで、役者の台詞の音色(おんしょく)がとても重要。松下洸平(ヤング)の声が割れるけど、「割れそうで割れない」ぎりぎりのところを探ったほうがいい。「おはなし」と「リアル」の境目だ。あと恋人(スージー吉岡里帆)が豹変した時顔が完全に後ろ向きだけどいいのかな。弁護士チャック・ドラブル(菅原永二)はまったく生き生きしている。いい加減で不条理で追従屋で、口の中からレシートなんかがつながったまま出てきそうだ。たくさんの観客が「実は菅原永二すきだった」と気づいてしまうような出来栄えだ。緒川たまきの存在感が、寓話をリアルに、リアルを寓話に近づけている。