シアタートラム 『現代能楽集Ⅹ 幸福論』

 鈍色の空、鈍色の荒れる海。この海佐渡かな。息子元雅(『隅田川』を作ったことで知られる)を喪い、流刑になった世阿弥の心に映る海だろう。これは家族が解体する物語、そして生成する物語だ。

 清水くるみ、頑張りました。地下アイドルとして13人のファンのために配信する奥野あんずが生きている。面白いようなつまらないような様子でケータイを覗き込み、恋人の橘清史郎(相葉裕樹)になま返事するところとか「活写」って感じだ。これに対して医学部4年の鼻持ちならない、そしてかわいそうな清史郎は、角度によって絵が動く(レンチキュラー)シールの様にしか表情が変わらない。鏡を見る。自分の顔の可能性を試さないとだめだよ。しかし百面相はしちゃいかん。

 前半の『道成寺』は「世間的に成功した家族」が、不気味に見えるほど思い切り戯画化され、笑わされる。台本面白いけど、あんずと白拍子がちょっと重なりにくい。心理的な裏付けが足りない。滑走路が短い。小説講座の先生安藤千佳(瀬奈じゅん)と会社を辞めて作家を目指す自信満々の父橘清(高橋和也)のシーンも嘘くさくなく笑える。しっかりやり取りできているからだろう。これに対して後半(『隅田川』)には、たぶん清水くるみに「いまいち腑に落ちてないとこ」がある。谷田彩佳の母は「いない」んだよ。欠落してる。だから向坂悦子(鷲尾真知子)との最後のシーン大切にして。もっとカタルシスが欲しい。そして、芝居の幅も。これ、長田育恵の作品の中でも、いいものだと思う。「優等生ぽさ」は薄く、「母」についての葛藤も、深められていて「えー?」ってとこはない。高橋和也二度ほど噛んでいたが、芝居が確実で信頼できる。噛まないように。幸福な、人に羨まれる家庭が崩壊し、解体してばらばらな女たちが一瞬の家族を形成する。火と水が効果的に使われていた。