Bunkamuraル・シネマ 『TOVE/トーベ』

 「お互いに、ああしろこうしろと押し付けないで、ただ一緒にいるだけでは駄目なの?仕事だけじゃない、人生についても、そして考えることについても自由でいたい。上下関係をもたない生き方」(『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』ボエル・ヴェスティン著 畑中麻紀+森下圭子訳)思春期にこう考えた人(特に女の人)は多いと思う。しかし、生き方をこの考えで貫いた人はきっとほんのわずかだ。男の子と付き合ったとたん、その「彼女」(モチモノ)のように扱われるのに仰天したあの時、苗字を変えたあの時、親戚のおじさんに屈服して話を合わせたあの時、「うまくやる」ために身を躱してきた自分と、映画の中の愚直で、思ったとおり生きるトーベ・ヤンソン(アルマ・ポウスティ)を比べてしまう。あの不器用さが、かっこわるくてかっこいい。女性の演出家ヴィヴィカ(クリスタ・コソネン)と恋に落ちる時も、彼女はほとんど逡巡しない。自分たちのことを「オバケ」と呼びはするけれど。作中、スナフキンのモデル、アトス(シャンティ・ローニー)との結婚を決めた翌朝、ベッドの中でアトスから顔を背け、トーベは「ヴィヴィカ」と小さい声で子どものように言う。それがまるで、心の中にできたひびわれのようで、そしてそのひびわれが画面いっぱいに広がっていくようで、「心の真実」から目を逸らさない彼女の生き方を強く感じた。ここがこの映画で一番いいよね。

 トーベには芸術家としての矜持がある。「本流の芸術家」である油絵画家として名を成せない煩悶(それは父との齟齬ともつながっている)薄いね。ペン画を誉められるとき、もっと複雑でいい。私もペン画の方がいいと思うし。若い女には自己評価と仕事と愛の三つの関門がある。『トーベ』は愛についての物語だった。はっきり言うと、別の二つの側面からもトーベの事を深く見たかったのである。