新宿武蔵野館 『夜空に星のあるように』

 この世で一番弱い人って、自分が弱いってわからない人だ。この映画の主人公ジョイ(キャロル・ホワイト)は、まさにその暗黒の極点のようなところに立っている。ハイティーンで泥棒のトム(ジョン・ビンドン)の子供を産み、夫は服役してその間パブのバーメイドになる。新しいやさしい恋人デイヴ(テレンス・スタンプ)ができるが、その男もやっぱり泥棒で、入獄する。

 原題の『Poor Cow』って?「かわいそうなうし」ってなんだ。暗黒に名前を「与え」、それが上から目線なのが、どうよ。しかし、ひたひたと押し寄せる日本の貧困(気温3度にコートなしで子供に同行する母、駅の改札を出て大きな紙袋の中身を点検する明らかに雇い止めの30代女性)を見かけながら何もしない2021年の私より、1967年のケン・ローチの方がいい。

 ジョイは自分の将来について「娼婦?」と、断絶なく悪びれもせず答える。あらゆる局面で若さと可能性を搾り取られ、行き着く先が搾取として最高度の売春であることが、この作品の原作小説と映画の題名を『Poor Cow』にしているのだろう。しかし失礼だよ。『わたしは、ダニエル・ブレイク』に至ると、「かわいそうな母親」に対する視線は水平になり、貧しい母親が缶詰をむさぼる姿は撮影されないけどね。あと気になるのは、不安そうに明るい芝居をしているキャロル・ホワイトが、悲惨な終わりをむかえてるってとこだ。映画の主演に据える人が、物語に巻き込まれやすい、「暗黒面」「そちら側」へ引っ張られる性分だというのはキャスティングとして危険で、間違いだ。

 ジョイが子供をかわいがるのが救いだが、でもこれもまた、愛情の搾取ともなり得る脆いもの、母と子の紐帯がほどけやすいことが、「見失う」ことから明らかだ。ドノヴァンの歌とてもよかった、上から目線を緩和する。