俳優座劇場 劇団昴公演 SUBARU No.37 2022 『評決』

 弁護士資格剥奪寸前まで追い詰められ、所長の娘とも離婚したフランク・ギャルビン(宮本充)が、酒浸りの日々を過ごすうらぶれた事務所の光景で、急速に違和感を感じる。

(だ、脱輪してる)

 訴訟の御用聞きのため葬儀場に電話する声は滑舌がきちんとしてるのに、身体が反応してない。仕草に感情の一貫性がなく(浅く)、声と乖離している。足に体重がかかってない。主役だから愛嬌と余裕だしていいよね。いいのさ。全体に、誰もが翻訳調で喋り、翻訳風な(幻想のアメリカ)芝居をする。うーん。「いま、ここ」にいないと駄目やん。

 構成と演出に難があり、フランクとドナ(林佳代子)のゆくたては、なんでそうなるのかの深みがみえず、よくわからない。暴力シーンは、よくある映画の女の人のバストトップを見せたヌードシーンくらい要らない。そして電話やスタンドのコードが、医療事故でチューブに「つながれたデボラ」「つながれている現代人」を表わしているのなら、もすこしシャープに見せてほしい。あと、法廷で激高する関係者の声が重なる所の処理が、音楽的でないよ。

側溝に落ち込んでいたタイヤは、後半に向かうにつれ地面に近く、平衡を取り戻す。証人としてナタリー・ストンバナット(市川奈央子)が登場すると、芝居は加速し、ぶれは消え、全てが鮮明に像を結ぶ。

 皆巧いのに、前半脱輪して車がたがたなのがほんと謎。惜しい。肉体性をとりもどしてほしい。声で表現しすぎなんだと思う。ミセス・マクデッド(石井ゆき)、腰の角度が少し不自然。お医者さんたち(タウラー=永井誠、クラウリー=宮島岳史)蒼ざめるとこ、びしっとやって。