KAAT神奈川芸術劇場 ミュージカル『夜の女たち』

 舞台上が、フィルムのコマを白味と黒味につなげた碁盤縞だ。青みを帯びた舞台が、去っていった夥しい死者を思わせる。そして、コマの一つ一つが、戦場や空襲や飢え死にの惨劇を映しているように見えてきた。日本(語)の土壌から生まれた音(声)が、台詞になり、歌になってゆく。三味線の音さながらの細く長くつながる節――チューン、その上に芝居が、調子正しく繊細に乗っかっている。

 溝口健二の映画を基にした芝居だけど未見、ごめんなさい。戦後、追い詰められて娼婦にならざるを得ない女たちの群像劇である。始まってすぐの古着屋の富田(北村岳子)とヒロイン房子(江口のりこ)のやりとりからして、もうすでにセリフがいい感じに歌われているのに感心する。すごいじゃないか。日本古来の三味線みたいなのに、ミュージカルで、ダサくない。けど、一番クライマックスの、房子と義妹久美子(伊原六花)のとこの歌がひじょうに惜しい。めっちゃ惜しい。ホーンとか、かっこわるい。チューンの糸の上から、落っこちている。真正面すぎるんじゃない?

 素舞台なので真ん中の二重に進み出る足取りがたいへん大事。プラカードの人々、おなか減ってるようにリアルにしてほしい。あやしい商売の栗山(大東駿介)は足が悪い。でも場面によって足つきが変わる。どういうこと?登場人物が実は、全員、弱いほうの足をもっているというメタファーかなあ。そうでないなら、最初出た時の踊るような陽気な足取りがいいよ。意外で、悲しい感じするもん。夏子の前田敦子、抱いている赤ん坊についてもっと感じる。北村有起哉、台詞どうした。発語がのろいけど。あと、パンフレットの写真いいよね、ざらりとした紙質と、モノクロの調子があっていて、「どうぞみておくれ」みたいなところがない。