武道館 『NORAH JONES JAPAN TOUR 2022』10月14日

 「ノラ・ジョーンズのコンサートに行かないか?」と言われたら、いけすかない奴の誘いでもつい、うんと言っちゃう、という映画が昔ありました。と、突然思い出し、二つ返事でついてきた家族の顔を見て、こっそり笑ってしまう。さそう方も満を持してさそうよなー。だって、ノラ・ジョーンズだよー。

 一週間前のメールで、18時30分からオープニングアクトロドリゴ・アマランテ、19時30分からノラ・ジョーンズです。とアナウンスされていたけどもさ、みんなノラ・ジョーンズ聴きに来ているから「えー?」て感じだ。えー?40分のオープニングアクト、15分の休憩、そして、ノラ・ジョーンズ。どういうことだったのか。

 ロドリゴ・アマランテはブラジルの歌手で、ということはポルトガル語で(?)しっとり優しく歌う。日本語できちんと3フレーズもあいさつし、小さめの、白瓜みたいなギター(フラメンコギター?)を抱えている。1曲目の歌いだしの音程と、二曲目の口笛が、不安定だったね。あとはちゃんとしてる。一曲目の歌いだしか。3階までぎっしりの武道館を見渡して、ちょっと目をつぶる。こわいよねー、声とか震えて裏返るよわたしなら。ロドリゴ・アマランテはギターを弾きながら口笛を吹く。気を付けて低音も出す。照明に黒い革靴が光っている。英語の曲が、2曲あったかな。声の出し方、種類が、ノラ・ジョーンズに少し似てるような気がする。『Drama』というアルバムは、映画館(?)のいい感じのノイズから始まり、最初はノンシャランと、最後は歌い上げるように終わるんだけど、実際みると、全然歌い上げてないー。フツーに声出してるー。と驚いた。ずーっと感じいいしっとりで歌い納めるのだ。

 ロドリゴがステージを去った後、15分休憩、5分の猶予があって、ぴったり7時半にノラ・ジョーンズが現れる。ギター(スチールギター)、ドラムス、ベース(コントラバス)とノラ・ジョーンズだ。(二回も名前紹介したのに、聞き取れなくてごめん)顔を見合わせて、近々と立つ。なんか、4つの壁みたい。ノラはエレガントな黒っぽいパンツスーツにヒールの靴だけど、ちょっと屈伸に似た動きをしつつマイクの前に来る。片膝から下を後ろに曲げて立ち、調子を確かめている。「Just a Little Bit」、歌いだしがちょっと不安定。マイクとの相性がまだわからないんだ。やっぱ歌いだしってむずかしいよね。しかし、バンドを圧してゆったり聴こえるノラの声。まあ、うちのやっすいステレオではわからなかったわけだが、この人、ささやいていたんじゃなかったんだなあ。充実してる。お家で聴くより数倍いいよ。3階のステージ寄りの席は、たぶん「完全見切れ席」で、見えないから売らないんだろうけど、あそこ、1000円で売ったらどうか。「Thinking About You」、「Say No More」ときて、「Sunrise」ではバンドとノラ(ピアノ)が内向き、小さく内側を向く。編曲も変わり、ハミングがゆっくりだ。ピアノ、ちょっと休んだよね。

 ノラ・ジョーンズは、地面から何か吸い上げているように、堂々と声を出す。声の中に、万人に受け入れられる甘さと、歌詞にも表れる苦味がある。つぎの「It’s a Wonderful Time For Love」を聴いているうち、あんまりバンドの音が手にとれるように緊密なので、しんと練り上げられた「とらやの羊羹」みたいに空間がなってるなー!と思うのだった。スウィートネスとビターネスを同時に持ってるノラ・ジョーンズは、大茶人の立てたお抹茶と上等で繊細なお菓子みたいだよ。ブルーノートで演っているように濃い音が降ってくる。ピアノで弾きながらその通りに声が出せるノラ。次の「All a Dream」で、ノラはファルセット外した。ぱちっと爆ぜる感じの難しい個所でした。曲順まちがってたね。あとはもう、一気呵成に、きりりと演奏する。あの有名な「Don’t Know Why」は、編曲が全然変わっていた。ここさ、どう考えたらいいか、いつも迷う。マイケル・ジャクソンは、「皆昔聴いた歌が聴きたいんだ」と変えなかったらしいけど、「昔のヒット曲」を、今自分がどう考えているかというシンガーの進化の通知表のようなものかもしれないし。今日のはちょっと、大仰になりかけって感じしたよ。

 アンコール2曲(一曲だったようです)、ノラ・ジョーンズは香る夜の花だ、その香りのような声に呼ばれて、真っ暗の崖下の細い道を辿ってゆく。って思いました。