新国立劇場 中劇場 新国立劇場演劇 2022/2023シーズン『レオポルトシュタット』

 幻の、荒れる海の向こう岸に、豆粒くらいの人影が見え、その後ろの激しく揺れる木々と降りしきる雨で、姿が霞みそう。小さい人影は、体全体を使って手旗信号を送ってくる。「レ―オ―ポ―ル―ト―シ―ュ―タ―ッ―ト」、そんなような気がいたしました。過去から現在へ、現在から過去へ、ぎりぎりの状態で、手旗信号を送りあう。過去の時間は(信号手は)、どんどん闇に溶けてゆき、作家は、苦痛と喜びの綯交ぜの、かつての空間を文字に起こして書き取り続ける。そしてさらに現在と過去に向け、又送り出すのだ。『レオポルトシュタット』。

 レオポルトシュタットとは、かつてユダヤ人が居住を認められていた地域のことを言うらしいです。戯曲の最後に出てくる青年の名前でもあります。ヘルマン・メルツ(浜中文一)の一族はそこを出て、ブルジョアとして成功し、カトリックの妻を娶り、社交界の貴顕紳士と交際する。クリムトに妻グレートル(音月桂)の肖像画を描かせるほどの財力、ヘルマンはもうユダヤ人であることなど問題にしていない。けれど時代は変わり、「ユダヤ人であること」はどんどん追いつめられてゆく。伸び縮みし、書き換えられる人の記憶、面白かった、最後泣いた。でもねえ!家族関係が複雑すぎて、役が把握しきれない。特に女の人たち、キャラが立ってないよ。チャールストンがめっちゃ巧かったのは――ヘルミーネ(万里紗)?割礼を怖がって逃げ回っていたのは――サリー(太田緑ロランス)?エーファ(村川絵梨)って?双子って?グレートルの笑顔の芝居が浅く、浮気に至るまでの心情がわからずじまい。そしてヘルマン、「かなしい哉」だよ、「かなあ」じゃない、この人は、この街の文化芸術を支えてきたという自負のあるディレッタントでもある、浜中文一も書を読み、音楽を聞かなければだめ、ジャニーズでしょ、出来るでしょ。