新宿シアタートップス オフィス3〇〇公演 『ぼくらが非情の大河をくだる時 ~新宿薔薇戦争~』

 ひとつの棺、3人の男。男たちは棺を奪い合い、押し付け合う。3人で「ひとりの男」としてえがかれる局面があり、切り替わって(スウィッチング!)「世代の違う3人の男」としてえがかれる局面があり、そして「家族の男たち」であり、つまりは「男」なのだ。この戯曲ってさ、「男の世界」を描いているよね。男のみ、男だけ、屍体を埋めるように地面奥深く、男同士が愛しあうひそやかな「愛」がそこにある。地表に浮かんできたときには、それは汚辱に満ちた「公衆便所」の姿を取るけれど、ここは男だけで満ち足りる、ただ男の視線のみ背負った、男の俳優の演じる奇妙な混乱の劇なのだ。うーん。絶対の真理――革命――を追い求めて、皆がケロイドを負う。芸術は常に反逆である。走り、叫び、爆弾を投げる。そこには前の世代の勝った戦争(テロ)、敗けた戦争(テロ)、明治維新が反響する。…というわけで、「主役」の座も「兄」と「弟」によって、切り替わってゆくんだけど、兄の岩戸英年が、父(岡森諦)にする突然の険しい眼差しが素晴らしかった。岡森は今時の父らしく軽く、弟(吉田侑生)は悩みを一身に引き受け重い。でも前半追いつけん。

 官軍のシャグマをかぶったものが現れるとこは、「ああ繰り返す革命の事だね」とすぐ分かるんだけど、ここ、こらえてほしかった。「芝居の線の太さ」で何とかなってるけど、渡辺えりの芝居、いつもこのあたりで迷子になっちゃうの。「シャグマ?」ってなる。タイトに行こう。

 新宿の雑踏(速いテンポのパッヘルベルのカノンにあわせて踊る女子高生《酒井葉子、夢乃、西田薫子》がよかった)のディープな地の底に、あの兄弟がキリストを負うイメージで見え、うまくできてる。けどさ、「現代の女」からみた「男の世界」って、もっと強くいってやっていいんじゃない、この世には女も半分居ますし。