新国立劇場小劇場 シリーズ未来につなぐもの『私の一ヶ月』

 うーん…何をどういっていいか…あのう…言うよ。

 趣味が悪い。すごく悪い。泉(村岡希美)の夫拓馬(大石将弘)の死を、残された泉がこころの重荷として背負っている。それを、「風鈴(実物)をかける」ことで表現する。いやな気持になりました。これさ、もう表現じゃなく、説明だよ。だれもとめないの?「ふーん、死者を思わせるウィンド・チャイム?いいんじゃない?」って感じだったのかな。

 書く仕事に就きたい大学一年生、明結(あゆ=藤野涼子)が、母が自分のために一カ月だけつけた日記に「散文詩」(と自分で言う)を書き足し、母に「向かって」読み上げる、というのもどうよ。この時、母は娘に万感を籠めて感謝するのだが、この感謝の言葉こそ、劇作家の腕のみせどころでは?藤野、「書く仕事に就きたい」という台詞は、もっと心の奥底に深く沈めて言わないと、散文詩のくだりが子犬の様にはしゃいで見える。はしゃいで見えるといえば、拓馬の友人佐東藤衛(岡田義徳)が、死んだ拓馬とその家族をモデルに芝居を書くというのもあんまりだ。岡田、ここ軽すぎ。本当にそんなことをする人は、かるくない。

 作劇はとても洗練されていて、三つのシーンが同時に進行し、ぴたっと決まっている。拓馬はちゃんと謎になっており、その謎を父(久保酎吉)、母(つかもと景子)、泉が懸命に持ちこたえようとする。ここが素晴らしい。演技もいい。泉の横座りする後姿がワイエスの『クリスティーナの世界』みたいでした。

 あとさ、「ジェフリー・アーチャー」とか「アガサ・クリスティ」とか、読書歴に載せるのはもうやめた方がいいよ。みんなお菓子や水のように摂取してる。偉い人たちがこぞって『坂の上の雲』を愛読書に挙げるくらいかっこ悪いです。