新宿シアタートップス TAAC 『GOOD BOYS』

 『にんじん』(ルナール)裏バージョン、とアゴタ・クリストフの作品を読んでちょっと思ったけど、タカイアキフミのこの作品は、『悪童日記』よりも『にんじん』に似てないか?「戦争」や「運ばれてゆく人」を描くことで、世界が外へ外へと吹きこぼれていく『悪童日記』に対し、『にんじん』では、にんじんは苛まれ、自分に抵抗しない生き物を苛む。

内へ引っ張られる求心力のようなものを感じる。最後の「収斂」がそう思わせるのかな。すべてが夢だったような気がする世界、想像の中の苦痛のみが本物で、現代――2023年1月22日新宿――のタカイの世代のものたちが、みな自分を苛みつつ生きていることを象徴しているような作劇だ。逆に言うと、世界観がないよ。タカイの主人公は生き物をいじめない。自分自身を虐待するのだ。主人公の手は作家にしっかり握られ、放されることはない。オッケー。客席に「痛さ」が来る。ここからがスタートだ。

 演出は稚拙だ。まず、客入れからずーっと鳴っている風の音がうるさい。「印象」と「印象付ける」はちがう。「ここを聴いてほしい」とまんべんなく効果音流しても、けっこうみんな忘れちゃうよ。「暗闇」も同じ、長すぎてもぞもぞしちゃう。集中が切れるのだ。男性キャストにはいい台詞が行ってるが、女性キャストは、掘り下げが足りない台詞を一生懸命言っている。女の人だって男の人と同じだよ。ただ立場が違うのだ。そこもっと考える。「痛くない」の繰り返し、単調すぎる。カッターナイフが手元で「チッチッチッ」と音を立てて繰り出されるとこはとてもいい。と同時に泣き声がホンモノではなく、「芝居って、けっきょくつくりごとだよな」とリアルと虚構の間をぶれながら観劇しちゃったよ。おばあちゃん(増子倭文江)の語り口、あんまりファンタジーに寄せすぎ。おとうさん(緒方晋)、リアルの方の重石になっていた。