TOHOシネマズシャンテ  『ザ・ホエール』

 この世の全てはぶれている。

 多義的なのさ。死にかけているチャーリー(ブレンダン・フレイザー)は、272キロの巨体である。彼の「霊と肉」は揺れている。鯨を追うエイハブ船長なのか?鯨なのか?チャーリーの死んだ恋人の妹リズ(ホン・チャウ)は、彼を保護してるのか独占してるのか、別れてから初めて会った娘エリー(セイディー・シンク)は邪悪か正直か。そして娘を追ってきた妻メアリー(サマンサ・モートン)は、チャーリーの金を欲しがっているのか、それともまだ彼を愛しているのか?

どの登場人物も、チャーリーの部屋に「長く居すぎる」ことで、存在にぶれを生んでいる。リズは毎日来て長くいるし、エリーはなかなか「怒って飛び出し」てゆかないし。たまたま布教に来た新興宗教の青年トーマス(タイ・シンプキンス)はいつも部屋での「居どころ」が少し変である。

 この中で妻のミザンス(っていう?)が素晴らしいと思った。チャーリーを遠巻きに、徐々に近づいてくるが、二度同じ場所までやってくる彼女は、まるで女のライオンのようである。チャーリーがアランのために妻を捨てたことが心でうずくメアリーは、アルコールにおぼれている。それなのに、「チャーリー」とその名を呼ぶとき、そこには隠しおおせない愛、「チャーリーという人」を愛していた女が現れる。これ、どれとも決められない。愛していて、憎んでいる。ぶれるチャーリー、動揺するチャーリーは、妻の帰った後すさまじい食欲を見せる。なんていうか、「のたうつ衝動」って感じだ。判断、選択をやめて、鯨(ただ大きく哀れな生き物)へとまっすぐ駆け寄る。この悲しみ。この絶望。彼は「鯨」であったことを娘にはっきり示して、霊と肉、心と体の統合されたところへ向かう。「のぼりつめる」、多義的だね。彼は娘を正直だと決める。すべての邪悪なもののぶれる存在から「よきもの」を選ぶことにするのだ。リズのチャーリーへの愛を、もっと繊細にカメラでとらえたほうがよかった。あと、エリーと久々に会う感じが全然しないよ。