世田谷パブリックシアター 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』

セットを見るなり、非現実感が。学校の教室だ。正面は黒板、上手側奥に出入り口、下手側奥にも出入り口がある。ハの字の形に両側に椅子が並べられ、下手の前と、上手の前には机と椅子が一組ずつ、上手奥にはピアノが一台。上手の出入り口、下手の出入り口、下手のガラス窓から、それぞれ光が降りこんでくる。逆方向から光が入るので、不思議な感じがするのだった。

アスペルガー症候群自閉症の一種)について、私には抜きがたい固定観念がある。喋り方だ。アスペルガーの人は、はきはきした喋り方をすると思っている。主人公の少年幸人(森田剛)は、語尾を弱め、伸ばしがち。ぼーっとした子に見える。その違和感で、最初はなかなか芝居に入り込めない。

しかし、幸人が黒板に犬を殺した犯人を推理して「A きらい」と箇条書きを始めると、抵抗感が溶けた。きらいの文字が、無雑作な開けっ放しの字で、森田剛というよりここにいる「この子」にあっているように見えたからである。

この芝居にはいくつも時空がある。犬が殺され、それを推理する時空、幸人がその出来事をノートに書いて、先生(小島聖)に読んでもらう時空、お芝居に仕組まれた事件を、演じる時空。逆方向から光が当たるように、一つの空間が複雑になっている。それは少年に「絶対」ってことはないんだよと教えているようでもあり、複雑な世界で大変だねと慰めているようでもある。少年は事件の違う面を知った。それぞれの役を演じる俳優たちが幸人を励ますような視線を投げかける。幸人自身は気づかないが、観客は世界の善意に気づく。彼は見守られている。

森田剛、最後は別人が(イメージの中の幸人が)立っているかと思った。高岡早紀、海辺に現れただけで難しい役を納得させる。