シアターコクーン 『三人姉妹』

 セリフは水に投げこんだ小石。細かく波紋を広げながらほかの小石の波紋と干渉しあう。長女オリガ(余貴美子)の冒頭のあかるいセリフの途中で、外から聞こえた「ばかばかしい」という声は、オリガを馬鹿にしているみたいだ。この『三人姉妹』では、こうした意味合いがダブルになるチェーホフの設定が、全編に敷衍されている。会話を交わす戯曲の登場人物と、そこに居合わせる舞台の登場人物たち。投げこんだ小石に対して、必ず誰か第三者の気配があり反応がある。反応で意味が変わる。こないだの『かもめ』とちがう。ごめんこっちの方が好き。

 舞台も、奥と手前の二層、時季は五月、イリーナ(蒼井優)の名の日のお祝いだ。軍人のフェドーチク(猪俣三四郎)が独楽をプレゼントに持ってくる。まわる独楽をながめる人々。

 うきうきした世界は段々に重くなり、沈んでくる。バランスを崩し、大きくかしぐ。終幕では、モスクワへは行けず、恋人は去って、悲惨な事件が起きる。生きていきましょうというオリガの声がする。挑むような眼をしているイリーナと、マーシャ(宮沢りえ)。この独楽はいつか止まっても、また、別の独楽が回り始めるだろう。世界はくるくる回っている。それがなぜかは誰にもわからない。

 チェーホフの登場人物は、みな水をたっぷり含んだ筆みたいだ。その水を使って、十二分に人物が表現されている。アンドレイ(赤堀雅秋)の挫折感や引っ込み思案な感じ(登場時に二度に分けて開けられるドア)、「いや」と子供のように泣きながらヴェルシーニン(堤真一)の足に取りすがるマーシャ、ヴェルシーニンが舞台奥に向かって歩き去るというのもいい。最後のイリーナの泣き声は真に迫る。姉妹ふたりのつよい顔つきと、オリガの最後のセリフとの取り合わせの演出が、もう少し明確な方がいいと思う。