渋谷TOHO 『嘘を愛する女』

 その朝日新聞の記事を私も読んだ。不思議な話さ。5年連れ添った医師の夫が死んでみると、その夫の名前は嘘だった。医師でもなかったし戸籍もなかった。私の夫は誰だったのでしょうか。折に触れ私も考える。新聞に載っていた誰でもないあの人は、誰だったんだろ。

 「あの人」をモデルにした映画『嘘を愛する女』は、冒頭のシーンが素晴らしい。雑踏の中でためらいがちに、物思うように繊細に、具合悪そうな由加利(長澤まさみ)に近づく桔平(高橋一生)のスニーカー。それから、ちょっと非現実的な感じのする由加利のハイヒールが、彼女とその行く末を暗示する。

 桔平はある日倒れ、そのことで由加利は彼が「自分の知っていた桔平」ではないことを知る。衝撃の中で、由加利は探偵事務所の海原(吉田鋼太郎)の助けをかりながら、「桔平だった人」の過去を探っていく。

 長澤まさみは、バリキャリの、自分のことばっかり考えているがむしゃらでちょっとかわいい女性を懸命に演じる。すこし押しすぎ。引かないと。(でもわたしは、海原のバッグを旅館の広縁めがけて投げるシーンで笑った。)しかし、この映画は桔平と由加利の映画であると同時に、由加利と海原の映画でないといけない。旅に出る前に、海原の由加利に対する気持ちをもっと描写する必要があったと思う。全体に笑いに対して少し引いている演出でちょっと残念。

 川栄李奈、「してみせる芝居」でなく自分の体の中に集中して演じきっており、とても頑張った。初音映莉子が儲け役、DAIGOも地味にしていていい。終わってから、自分だって長年、耳の後ろについて考えてなかったなと思う。ほくろか。あってもいいし、なくてもいいじゃん。