CINE QUINTO シネクイント 『人間失格 太宰治と3人の女たち』

 マリアナ海溝。世界で最も深い海溝、深さ一万メートル越え。

 太宰と海溝と何の関係があるかと聞かれれば、正直ないわけだけど、太宰を扱うならばマリアナ海溝チャレンジャー海淵くらいの深さに、「傑作への渇望」がないとだめじゃない?この映画で唯一それを表わしていたのが、坂口安吾藤原竜也)の「…傑作とは思わなかった」という長めのショットである。ここ、長く残してくれてホントありがとうと思った。これがないと業(ごう)めちゃ薄(うす)だよこの映画。刀の切っ先のように目の前にちらつく傑作、海溝にかかる考えられないほどの水圧が太宰にかかるはず。

 妻美知子(宮沢りえ)が「傑作を」とかいうから安らげない、そこもよく見えない。太田静子(沢尻エリカ)の、すべてがセルロイドで出来ているかのような憧れ、恋、セックス(エロスゼロ)の造型が面白かった。

 静子(小栗旬呼びかける時、チズ子に聴こえる)、美知子、最後の愛人富栄(二階堂ふみ)、それぞれが太宰(小栗旬)と紡ぐ虚構に生き、太宰には「女が三人いる」という追いつめられた事実しか残らない。

 脚本がとてもよくできていて、津島家の玄関のセット、CGの街並みなどが出すぎず映画を助ける。特にあげるなら「お仕事」を巡る美知子、太宰、富栄の痛烈なやり取り、インク(父の業)で汚しあう母と子など、素晴らしいシーンがいっぱいだ。編集者佐倉(成田凌)儲け役。

 問題は、小栗旬ということになる。この人は考え抜く、思いつめるという経験が少なそうだ。詰めが甘いのだ。のっぴきならない、進退窮まる、窮して火の上を渡るようなところがないなと思った。そこが大事じゃん、太宰治