劇団民藝 『バウンティフルへの旅』

 深緑とサンドベージュの壁を持つ、二間のアパートメント。家具がぎっしり。上手の寝室の、ベッドがかたそうなことが目を引く他、下手に大きな上げ下げ窓(ハングウィンドウ)があり、その横で揺り椅子が、物思わしげに外を眺めている。揺り椅子をみているだけで、何だか胸の底に涙がいっぱい溜まってくる気がする。ど、どうした。今日の私は、客席で、たぶん10番以内に若い。年配の人がこの景色を見ていると考えると、胸に涙がさらに溜まる。えー?狼狽。きっと、あんまり窓が透きとおって、あんまり椅子がかなしげなせいだ。

 キャリー・ワッツ(奈良岡朋子)は、狭いアパートで息子夫婦と暮らしている。息子ルディ(伊東理昭)は好人物だが、月給は安く、生活は苦しい。その妻ジェシー(細川ひさよ)は口やかましい女で、キャリーとはうまくいっていない。キャリーは、その生まれ育った土地バウンティフルに帰ろうと、ある日アパートを抜け出し長距離バスに乗る。

 都会の窮屈で息苦しい生活。初めのうち、ルディやジェシーは、キャリーを抑圧する存在として登場するのだが、話が進むにつれ、彼らも同じように抑圧されているのがわかる。そして揺り椅子を揺らすキャリーの胸の底に涙が溜まっているように、ルディやジェシーの胸の底にも涙が溜まっている。揺り椅子から見る手が届きそうで届かない景色は、過ぎ去ったもの、手に入らなかったものを表わしていたのである。

 キャリーはバウンティフルに「さよなら」という。その姿はありとあらゆる「別れ」の原型のようにピュアだった。

 一場の家族のやり取りが、ちょっとちぐはぐ。キャリーが追い込まれにくいと感じた。ジェシー、根は悪い人間ではないのが伝わる。