Bumkamura ル・シネマ 『僕たちは希望という名の列車に乗った』

 この映画の中でワーストと言える嫌な奴は、画面にちょこっと現れるだけのリンゲル自由ドイツ青年団秘書(ダニエル・クラウス)であるような気がした。「二分間の黙とう」を見過ごさず、上に報告して事を大きくする。高校生に話を訊くのに、仲間割れを狙ってウソを言う。こんな人、きっと、どこにでもいるよなー。そして、大体、当人は「そんな人」だと思っていない。誰かのため、何かの為だと考えている。抑圧する者はいつもそうだ。いつも誰かの「お為を思い」、わが身を図る。

 高校の進学クラスに通うテオ(レオナルド・シャイヒャー)とクルト(トム・グラメンツ)は西ベルリンでハンガリー蜂起のニュース映画を見、こっそり西側のラジオを聴いて、ハンガリーの死者たちのための黙とうをクラスで提案する。それは多数決で実行され、いつの間にか、深刻な問題(革命の敵)となっていく。首謀者を白状しなければ、クラスは閉鎖、卒業試験が受けられない。

 いつも学校で顔を合わせているクラスメートも、背負っている物はそれぞれ違う。労働者階級の家族に生まれたたった一人のエリートもいれば市議会議長の息子もいる。誰もが自分の歴史から逃れられない。そしてその個人の歴史には、「ドイツの過去」が覆いかぶさっている。若者たちはプレッシャーの中、口を割らないよう頑張る。この子供のような高校生たちの心の清廉さが胸を打つ。自分なら、こんな風に振る舞えるだろうかと思う。

 にもかかわらず、この映画のベストの登場人物は、テオの二人の小さい弟だ。サイドカーに並んで乗せられ、枯葉を巻き上げながら進むシーン、お父さんに異議を唱えるシーン、監督の息子さんだそうだが、抑えきれない愛が映っちゃってるのだった。テオが家族と別れる時のかなしみがより鮮明になってる。グッジョブ。