博多座 『十一月花形歌舞伎 石川五右衛門』

緞帳が上がると、三色の定式幕(じょうしきまく)が、ふんわりと風を吸って、風を吐く。生き物のような幕の動きをながめているうちに、いつのまにかそれが静まり、ぴったりと平らになる。するするというには少し重い音がして、はじまるよ!幕が開いた!

 真ん中にとても大きな釜がカキワリで据えてあり、それが二つに割れて、中から石川五右衛門を名乗る男。実は、五右衛門の一の子分、足柄の金蔵(市川猿弥)だ。何度も五右衛門の名乗りを上げる。他の子分、三上の百助(市川弘太郎)、堅田の小雀(大谷廣松)も現れる。金蔵口跡がいいなー。これ、オープニングじゃなくてプロローグだった。「茶利場」ってやつかな。コントの場面のことね。さっ、ここからがオープニングだ、書いていいかわからないけど(書いちゃうけど)刀で戦う男たちの影が、現代的な三味線(エレキギターの演奏みたい)に乗ってスクリーンに映し出される。真ん中にひときわ大きく現れる姿勢を低くした男の影、それに添うように頭上に大きく「石川五右衛門」とタイトルが出る。プロジェクション・マッピング?とっても現代演劇風、次は伊賀山中の場、場面が変わるたびにびっくりマークをつけたくなる。話が早くて転換が鮮やか。遅くなったり早くなったりする立ち回り、五右衛門(市川海老蔵)は秘伝の巻物を受け取って伊賀の里を後にする。巻物がはらりと舞台に一筋、黒い川が流れるみたいだった。巻物を持つ五右衛門の顔もキッとしていてかっこいいのだが、追いきれないくらいに早くて盛りだくさん。舞台一面が雲の模様の幕になり(ここも雲の模様の「幕!」とびっくりマークをつけたい)それが落ちると大坂城天守の屋根の場になっているのだ。五右衛門は大坂城金のしゃちほこを奪う、人の背丈ほどもあるしゃちほこを重そうに、そして軽々と頭の上に差し上げる。この場面、五右衛門の通説の釜茹でのこわい話を少し思い出す。海老蔵が見得を切ると凄くてかっこよくて、文字通り胸が躍る。強く目を剥いて口を開けて、こわい顔なのにすてきだ。海内無双、という言葉が頭に浮かぶ。こんなに書いてもまだ序盤、お姫様も敵も登場していないんだなー。

 お姫様は秀吉の側室お茶々(片岡孝太郎)だ。大きな桜に爛漫と花の咲くころ、庭先で出合った五右衛門と恋に落ちる。海老蔵の描く男の恋は面白い。常に二色。そんなに気にしてないよという顔と、やさしい少年のような真心が、互いを引き立てあっているのである。たこに乗って去るところもとてもさりげない。去り難そうな姿を見せない。あ、行かなきゃって感じなのだが、そのせいでお茶々の上に降らせる花吹雪が、気品ある愛情、五右衛門の心の中の真情を伝えてくる。何でもなさそうに空から花びらを降らせる五右衛門。花びらの中の茶々が、幸せそうに見えるのだった。

 お茶々の方は五右衛門の子を宿す。形見に置いていった煙管を胸に、思いに沈むお茶々。突然の秀吉(市川右近)の訪問に慌て、せっぱつまって煙管を凄く解りやすい所に隠してしまう。だめじゃん。案の定秀吉に発見され、五右衛門と秀吉の因縁が明らかになる。

 五右衛門と秀吉が立ち別れるところ、「さらば」の心事が今ひとつわからなかった自分。悔しいのかさびしいのか名残惜しいのか。複雑すぎた。でも、もう会えないかもしれない二人のさらばの掛け合いが素敵で、聴き入った。座敷が消え、楼門がせり上がる。五右衛門の有名なシーンだ。絶景かなと海老蔵のスモーキーな声がすると、辺りの春霞の景色が見える。桜。春。青い。出自を知ってすっきりしたんだね。

 なんとお茶々は満州臥龍城城主ワンハン(中村獅童)にさらわれる。ワンハンは家族に疎まれて世継ぎとなれず、これを恨んで弟(大友廣松)と父(市川新蔵)を殺し、女しか信用しない。家臣の櫻嵐女(市川笑三郎)の刀やその領布がかっこいい。見入っちゃう。お茶々が肩で息をしていて、とても動揺しているのに、無言なのが偉い。

 この後、場面は変わって、京島原の曲芸一座。五右衛門は傘を次々に取り出す曲芸をする白波夜左衛門に身を変えているが、追手に追われる。五右衛門の分身がたくさん出てきて観客も混乱。すると、何と言ったらいいのか、舞台装置が、「溶ける」。突然、スモークの中から朝鮮海峡を渡る船があらわれるのだ。「分身!」「スモーク!」「溶ける!」「船!」くらいなインパクトと早さだ。

 ここで五右衛門と手下たちを伊賀の里の霧隠才蔵市川九團次)が加勢してくれることになった。才蔵はヌルハチという異国人からかたき討ちの征龍刀を託されており、ともにワンハンを斃そうとする。しかし、海上で待ち受けたワンハン一味によって、一行は散り散りになってしまう。五右衛門は異国の浜に一人征龍刀と残される。ちょっと辛くなった五右衛門だったが、気力を取り戻し、現れた黒竜と戦うのであった。この黒龍との戦いが、(どうして)とか思う暇もなく、たとえば、ピアノの難曲の激しいパッセージを、一息で弾ききるような立ち回り。踊り狂う龍を捉え、きらきら光る征龍刀で退治するまで、息がつけない。龍を打ち取って見得を切りながらひっこむところがまた、荒々しく迅い。

 ワンハンと五右衛門の一騎打ち、かっこいいが、ワンハンの心の描写が不足。ここ弱い。孤独の心がわからないと、ワンハンの行為が、うすく見えちゃう。これだけ意匠をこらしたのに、話も薄くなる。ギャグ(茶利?)のところもがんばってほしいです。

 大団円、ねぶたや津軽三味線や民の踊りや、力のこもった本物の芸能を、すべてひっくるめてしゃちほこのように、重そうに軽そうに五右衛門が持ち上げた気がした。舞台の上の森羅万象に、海老蔵のスモーキーな笑い声が響く。