serial number 05 『All My Sons』

 「どうぞ戯曲以上のことが起きます様に」と祈ってはいたものの、中央には「奥へ」(見えない方角へ)倒れているリンゴの木があって、羽目板の家の二階、客席に向かった角が、何か災厄でもあって齧り取られたように抉れ、暗がりがのぞいている。これさー、語りすぎじゃないの。特に家にぽっかり空いた空洞(うろ)は、災厄と罪を強調する飛行機(手前から奥に飛ぶ)の映像に照らされて中が見えてしまい、「ざんねん」になっちゃってる。戯曲がしっかりしてるので、そこまで饒舌になる必要ない。

 飛行機の部品を空軍に納めていたジョー・ケラー(大谷亮介)は、不良品を納品し、21人のパイロットが死んだ。責めは共同経営者が負い、ジョーは罪を免れた。共同経営者の娘で、ジョーの死んだ息子ラリーの恋人アン(瀬戸さおり)が、ケラー家のもう一人の息子クリス(田島亮)の招きでやって来る。ラリーの死を受け入れていない母ケイト(神野三鈴)は、アンを幾重にも拒絶する。

 マクベスみたいな話ですね。マクベスであるところのジョーは肝心なときいつも「俺は何をすべきなんだ」と妻に訊く。妻は何をなすべきか答え、励ます。ジョーはからっぽ、からっぽだけれど「力」を持っている。妻は夫に仕えているように見えて本当は「力」に仕えている。いきなり狂乱シーンから始まるようなマクベス夫人――ケイトの神野三鈴が、序盤で戯曲をヘアピンカーブだらけの急斜面に作るところが凄かった。大谷亮介は安全ベルトをしっかりつけて隣に乗り込んでいたけれど、他の者はふっとばされていたよ。って田島亮のことだよ。台詞ちゃんというだけじゃなく、その場で普通に息しないと。おちつけ。神野三鈴、圧倒的だが、アン・ディーヴァーにも、すこし芝居させて。アンって最後のシーンわんわん泣いていても不思議ではないよね。