角川シネマ有楽町 Peter Barakan's Music Film Festival 『BILLIE ビリー』

 図書館の本の、「お父さんとお母さんがほぼ子供」ってところでびっくりした中学生はそのあとその人のことをすっかり忘れていた。20代、90分のテープをオートリヴァースにして、どれだけかけっぱなしにしても全然いやにならない音楽が、「ビリー・ホリデイ」だったのだ。食べても食べてもなくならない、不思議な食べ物みたいな、超自然的パンっていうか。

 今日の『Bllie』で、初めてビリー・ホリデイの歌うとこを見た。胸元から肩口にかけてV字に開いた青いサテンドレス、きらきら光るダイヤ(?)のイヤリング、なめらかに纏めた髪、CDやテープでは漂うように聴こえるヴォーカルが、隅々まで歌いこまれ、一つ一つの詞に自分自身の感情が載る。そしてなんといってもあの眉――自分の美しさを知っている人が選んだ、賢そうな、「わかってる」感じの――がいい。美しさを倍加する。

 このドキュメンタリーは、60年代にリンダ・リプナック・キュールという女性記者が遺した、ビリーの周辺の人々の200時間に及ぶ取材テープを基にしている。交差するリンダとビリーの人生、精神病質という診断に共感するリンダの芯のある受け答えに、理解の深さを感じる。でも、どうなのかな、精神病質っていうの。私はビリー・ホリデイを子供の頃壊されちゃった人かなと思う。自罰で安定するっていうのがかなしいよね。ここ、70年代のテープを引用するの問題。

「奇妙な果実」を歌うビリー・ホリデイは素晴らしく、彼女の目には〈奇妙な果実〉が見え、肉の焦げるにおいを感じているのがわかる。そしてそのすべてを覆う深いかなしみ。このかなしみの表出のセンスが、ものすごくいい。それは歌う時、彼女がいつも、自分自身として存在していたせいかも。