吉祥寺アップリンク 『パワー・オブ・ザ・ドッグ』

 ワン・トゥ・スリー、暗闇・うすくらがり・ひかり、暗闇・うすくらがり・ひかりと、登場人物が現実には見えないもの、自分の影とダンスを踊る。

 ローズ(キルスティン・ダンスト)は元夫と、フィル(ベネディクト・カンバーバッチ)は伝説的カウボーイブロンコ・ヘンリーと、ピーター(コディ・スミット=マクフィー)はフィルを通してみる「自分」と、ジョージ(ジェシー・プレモンス)は「兄というもの」と対になって踊り、ターンする度、影はちらっちらっと姿を見せる。

 未亡人のローズは牧場主のジョージにプロポーズされ、結婚した。ジョージの共同経営者の兄フィルはそれが気に入らず、ローズを圧迫し、追い出そうとする。ところが、ローズの息子ピーターはフィルと次第に親しく近づいてゆく。

 て感じの話なんだけど、映画が終わった後観客のおじさんが思いっきりじゃぶじゃぶアルコールで手を洗っていたのが印象深い。病気が心配になるのだ。私も少し、そういう気持ちになったね。

 この映画で一番「しどころ」のある役は、若い息子のピーターで、他の大人の三人の役者はしっかり演じるが、設定された造型は案外浅い。キャメラがモノを言うシーンが多いのだ。紙の花をぎゅうっと指で押すところとか、「えっ誰と誰」という気持ちにすぐなってしまう。はやっ。ジョージと、兄の関係が、演技や台詞からつかめない。あとさ、「ぞっとする音」を訊かれて涙ぐむピーターの心事がわからん。ピーターとジョージが壁に投影した少しずつ大きくなる同じ影のように思えるとこがいい。山をうっすらと雲の影が通り過ぎる、そこで繰り広げられる一瞬のダンス、それは小さな点のようにかすかに遠く見え、のしかかる悪夢のように逃れがたかった。